3、オテル・ド・ロンシャン

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 桜井が杏樹のスーツケースを持ち上げて入口の階段(ステップ)を上り、ガラス扉を押し開ける。カーペット敷きのエントランス・ホールはベージュを基調とした落ち着いた内装で、レセプションのカウンターの上には、世界の主要都市の時刻を示す時計が並んでいた。「TOKYO」 と表示された時計の針が八時半過ぎを示すを見て、杏樹はあっと思う。 (おばあちゃまに、スマホ失くしたって電話しないと、繋がらないって心配するかも――)  ひったくりに遭って全財産失くしたなんて言ったら、余計に心配されそうだけど――     カウンターに歩み寄った桜井が、卓上のベルをチン!と鳴らすと、やはりベージュ系の制服を着た女性が出てくる。桜井の顔を見て宿泊客とわかったのか、カードキーを取り出しそうとするのに、桜井が杏樹を指さして何やら言う。レセプションの女性は頷いてパソコンのキーを叩き、首を振った。   「え!」    桜井の様子に杏樹が不安を覚え、二人のやり取りをじっと見る。桜井もまた、頭を掻きながら杏樹を見る。    「ど、どうかしたんですか?」 「いや、それが――」
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