32、大きな勘違い

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 戦前、和泉家の権威がもっと強かった時代には、本家のお内儀様の座を巡って醜い争いも多かった。その反省を踏まえて、正式な婚約に至るまでは一切漏らさず、婚約に至らなかった場合も縁談の痕跡を残さぬよう、見合い写真や釣り書きを交換しない。けして断れないからあっても無駄なわけではないのだが―― 『杏樹、そんな知らん男と結婚せんで、俺と結婚してよ』 『ごめんなさい、わたしも雅煕さんが好きだけど……叔父さんたちは、北川家を潰さないためには、わたしが嫁に行くしかないって……だから……』  グスン、と令嬢が鼻をすする音がする。 『おばあちゃまは断っても大丈夫って言ってくれたけど、でも、すごい張り切って振袖まで準備して……もう、誰も味方はいないんだって思ったら、どうしても雅煕さんに逢いたくなったの……他の人と結婚なんて嫌だけど、でも、どうしようもないの』  『杏樹……俺も逢いたかった。せっかく四か月ぶりに逢えたのに、これが最後とか、そんなん言わんといて』
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