33、諦めきれない男

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 時計を突き返し、振り返ることなく歩み去った背中から、雅煕は杏樹の意志を読み取った。でも、一度でも杏樹からコンタクトを取ってくれれば、その細い糸に全力で縋りつくつもりだった。諦めきれずに待ち続けた雅煕のもとに、ようやく戻ってきた天使(アンジュ)。このまま結婚の約束に持ち込もうと思った矢先の、「これが最後」発言である。  縁談の相手は財閥御曹司だと言うが、和泉財閥より強力な財閥など、日本に存在しない。祖父を動かせればたぶん、何とかなる。――問題は、祖父を説得できるか。  かつて、自分を捨ててパリに逃げた女の孫を、後継者の妻に迎えることを、あのおじい様がどう、思うのか。  杏樹がシャワーを浴びている間に、雅煕は思いついてスマホを取り出し、登録している番号を探す。  ――アンジュ・祖母。  タップしてコール音の後に、少し慌てた声がする。 『もしもし? あなた、桜井さん? 杏樹はもしかして、そちらに?』 「ええ、今、シャワー浴びていて。最終の新幹線で帰ると言い張るのを危ないからと止めました。今夜はうちの持つホテルに泊めます」    
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