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言いよどむ桜井に向かって、レセプションの女性が早口のフランス語で畳みかけ、二人の顔を見比べ、くすりと笑った。
「あー……困ったな。そういう仲ではないんやけど……」
「ええ? 何か問題が?」
桜井が観念したように杏樹の方を向き、眼鏡の上の前髪をかきあげる。
「その――非常に言いにくいねんけど――」
「はあ」
「部屋が――いっぱいらしくて――」
「えええ!」
中国人の団体ツアー客で、二泊ほど満室になるらしい。
「で、それで……受付の彼女が言うにはですね、俺の部屋はツインやから、彼女なら一緒に泊まったらええやんって……」
「え」
さすがにギョッとして、桜井の姿を頭からつま先まで観察してしまう。
ごわっとしたくせ毛の黒髪と、太い黒縁の眼鏡。眼鏡の下の目は切れ長で、よく見れば顔だちも悪くない――ような気がする。というか、そもそも、こんなオタクファッションの男を、普通はよく見たりしない。
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