35、叔父と甥

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35、叔父と甥

 翌朝、ルームサービスの朝食を食べ終えると、杏樹は改めて雅煕に告げる。   「雅煕さんのことは大好きだけど、やっぱり、叔父さんたちにも恩があるし、わたし一人のわがままでみんなが不幸になる未来は選べない。その……御曹司と上手くやっていける自信は全然ないけど……」 「杏樹……せめて、駅まで送らせて」  だが、杏樹は首を振った。 「きっと京都駅で泣いちゃうから……」  そうして杏樹が雅煕の首筋に抱き着く。雅煕も両腕を回し、ギュッと抱きしめる。――許された恋人同士であっても、東京と京都と、450㎞の距離は遠い。ましてもう逢えないなんて言われたら――    口づけを交わせばなおさら離れ難く思う。この女は自分の半身のようなもの。それを他の男に譲るなんて、そんなこと―― 「もう、行くね。きりがないから」  涙で潤んだ瞳で言われ、しぶしぶ身体を離して、雅煕は自分の左腕の時計を見て、思いつく。  大学入学の時、和泉家を継ぐ印にと、祖父が贈ってくれた高級スイス時計。――財閥当主となる地位を責任を象徴する、跡継ぎの証のようなものだ。
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