3、オテル・ド・ロンシャン

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 壁際には備え付けのデスクがあって、大量の書類が山と積まれ、床には本が横積みにされている。資料調査、と言っていた桜井の話を思い出して、何を研究しているのかしらと覗き込む。書類は古文書の写真のモノクロのコピーなのか、灰色の紙に漢字が書かれていた。 「――漢字。……桜井さんって何を研究してらっしゃるんです?」 「敦煌(とんこう)・トルファン文書から見る10世紀敦煌の寺院経済について」 「はあ?」  もはや一文字たりとも漢字変換できなくて、杏樹はポカーンとして桜井の黒縁眼鏡を見つめる。 「うーんと……今から百年ちょっと前に砂漠の中の岩窟寺院から発見された、1200年前のゴミクズ文書の研究って言ったら、まだわかりやすいかな?」 「1200年前の……ゴミ?」 「せや。ようはゴミやから洞窟に押し込んどいたやつを、ヨーロッパ人が発見して、買い叩いて持ち帰って研究してんねん」  その研究は、何か世の中の役に立つのだろうか。だが、なんとなく聞いてはいけない気がして、杏樹は話題を変えることにした。 「あの、スマホ借りてもいいですか? 祖母に連絡を入れたいんです」 「おばあちゃん?」
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