36、美奈子の企み

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36、美奈子の企み

 上りの新幹線の中で、杏樹は左手の腕時計をずっと握りしめていた。  もう、あれで最後のつもりだったのに、強引に渡されてしまった。――どうしよう。こんな高価なもの。後で郵送するとか――  だが、時計の値段を思い出し、杏樹は首を振る。無理。  雅煕は諦めないと言ったけど、叔父たちの剣幕を思い出すだに、例の御曹司のとの結婚を断るのは難しいだろう。北川家を潰し、その上、雅煕の家を巻き込むなんて、絶対によくない。  杏樹はスマホを取り出し、登録したばかりの雅煕の番号を呼び出す。 「さよなら……」  そう呟いて、ギュッと目を閉じてその番号を着信拒否した。   大学をサボって京都に行き、雅煕と一夜を共にして――祖母にはめちゃくちゃ叱られると思ったのに、「あら、お帰り」と拍子抜けするほど穏やかだった――、杏樹は無理矢理自分の気持ちに蓋をした。  表面的には吹っ切れたような表情で、見合いの日を待った。    杏樹の見合いを控えて落ち着かない北川家、美奈子はなんとなく不機嫌だった。  子供のころから、顔が可愛いからとチヤホヤされる杏樹の存在が邪魔で仕方なかった。
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