36、美奈子の企み

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 翡翠色の絽の振袖に黒地の雪輪紋の帯を締め、髪は編み込みにして襟足を見せ、スッキリとまとめる。暑い時期なので、祖母のコレクションにあった水晶の櫛を挿した。    「綺麗ね、杏樹。……お嫁にやるのがもったいないわ」 「おばあちゃま……」      様子を見に来た大叔父も、満足そうにうなずいて帰っていく。茶事の亭主である祖母は一足先に会場に入り、杏樹は後からタクシーで向かう手筈になっていた。  夏用のビーズ刺繍の白いバッグに、雅煕の時計をそっと忍ばせる。見合いの席にまで持っていくのは自分でも未練がましいとは思うが、なしで憂鬱な場を乗り切れる自信がなかった。  最後の夜の雅熙の切なそうな表情を思い出して、杏樹の胸がチリチリ痛む。 (わたし、やっぱり雅熙さんが好きなのに……)  その時、居間の隅に置かれた固定電話が鳴った。現実に引き戻されて、杏樹が息を呑んだ。 「なんだろ。……セールスかな? 忙しいのに」  ブツブツ思いながら受話器を取る。 「もしもし? 北川でございます」 「もしもし、アンジュ? オレやオレ。今日お見合いなんやろ?」
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