37、東京サクラホテル

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37、東京サクラホテル

 七月最初の水曜日。梅雨の合間の素晴らしい青空を見上げ、今日は東京も暑くなりそうだと、桜井晴久は思う。  東京サクラホテルのラウンジで、茶事に向かう和泉四郎左衛門と雅煕を見送って、迎えに来た大貫(おおぬき)老人と目礼を交わし合う。  ――四郎左衛門は利休色のお召に絽の袴、雅煕は濃いグレーのスーツ姿。 「ほな、旦那様、若様、行ってらっしゃいませ」 「うん。……雅煕、行くぞ」  叔父から「若様」と呼ばれ、雅煕が一瞬、顔を顰めた。今日の雅煕は眼鏡を胸ポケットに仕舞い、やや緊張しているのか、表情は青ざめている。  ホテルチェーンの社長でもある晴久は、今日の首尾を東京のサクラホテルで待機して見守ることになる。ガラス張りのラウンジの隅のソファーに陣取り、数社の新聞と英字新聞、海外のビジネス誌をかたっぱしから読んでいく。  和泉財閥の後継者が秋にも決定されるであろうと、海外のビジネス誌にも記事になっていた。高齢の四郎左衛門がいつ、誰に当主の地位を譲るのか。実際に事業には関わらずとも、和泉家の当主は日本経済の「天皇」。その去就はビジネスの世界では注目を集めている。
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