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少なくとも、本日、当ホテルで結婚式の予定はない。夏の平日の午前中、昼間っから振袖を着た女性があんなに慌てふためいている。――これは声をかけるべき案件!
晴久は新聞を投げ捨てて立ち上がり、ラウンジからエレベーターホールに向かう。チェックアウト待ちの客で混雑するフロント周辺をなんとかすり抜けつつ、表面的にはゆったり見えるよう、大股で翡翠色の振袖を追う。
「あら、失礼」
大きなスーツケースを押している年配のご婦人に前を阻まれ、それを避けようとした隙に、振袖はエレベーターに乗り込み、晴久の目の前で扉が閉まる。顔色は青ざめ、不安そうな表情でボタンを押し、頭上の表示を見上げるあの顔は――
――北川のご令嬢!? なんでここに――?
晴久は素早くエレベーターの表示を目で追い、それが十二階で止まるのを確認すると、フロントに取って返す。
「社長?」
「十二階! 十二階には誰が宿泊してる! まだチェックアウトしてへん――いや、連泊予定の客を割り出せ!」
社長に突然、命じられた支配人が、慌てて宿泊客を管理しているコンピューターの、キーボードを叩く。
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