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「現在、お部屋に残っているらしいのはこの――五室です」
「電話かけるんや、フロントから適当な理由つけて!」
「電話ですか?」
「つべこべ言わんと早うせい!」
晴久は支配人を怒鳴りつけ、同時に素早く左腕の時計を確認する。
初座が十一時過ぎからの予定だが現在十一時五分。待合を出て茶室に入られたら電話が通じなくなる。
晴久は躊躇なく雅煕のスマホの番号を呼び出し、通話ボタンを押した。
四郎左衛門と雅煕は、迎えに来た番頭家筆頭の大貫老人の車で龍園齋美術館に向かう。運転手は大貫の秘書である。
もともと、学部は経済学部だった雅煕は、大学卒業後は大貫の銀行に就職する予定だった。そこで数年社会経験を積んで、結婚と同時に和泉家の正式な後継者として周知されるはずだった。しかし、六年前の一件ですべてが吹っ飛んだ。
「北川家のコレクションはなかなかですよ。現在、財団の理事長をしている苑子女史が目利きでしてね。そちらのご令嬢というのは、悪くない選択と思いますね。……成り上がりのメーカーの令嬢よりは」
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