37、東京サクラホテル

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 大貫は旧宮家や華族の令嬢を推していたが、雅煕が女に対する興味を失くしている間に、めぼしい令嬢は全員、嫁いでしまったのだ。  都心とは思えないほど緑豊かな広大な庭園と、日本家屋風の立派な門構え。北川興産の創業者の、戦前からの旧宅を改装した美術館である。  大貫は美術館の別室で北川家当主真一郎らと待機。四郎左衛門と雅煕だけが茶室にほど近い待合いに通される。  ここで連客同士が顔を合わせ、茶事の開始を待つことになる。 (杏樹はまだ、来てない――)  見合いの相手の、「マザコンでインポで陰険野郎の御曹司」が自分だと知ったら、杏樹はどう反応するだろうか。  黙っていたことに怒るだろうか。でも教えようとしたときには着信拒否されていて――  あの後、すぐにも杏樹の祖母に電話しようとして、晴久に止められたのだ。  着信を拒否してる相手に、無理にコンタクトを取るべきじゃない。 『なんで?』 『家訓に反する。《逃げる女は追うべからず》』  絶句する雅煕に、晴久が言った。 『彼女は着信を拒否してまで、お前との関係を絶とうとしている。それは要するに、彼女はお前から逃げてんのや』
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