37、東京サクラホテル

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『家訓! 家訓て!』 『和泉家の嫁とりの大原則や。せやから、旦那様は北川苑子を追うのを断念しはった』 『そんな……』 『あと二週間や。顔合わせさえ、無事に済めば上手くゆく。ここは焦ったらあかん。無理を通したら、まとまるもんもまとまらへんで』    叔父とのやり取りを思い出し、雅煕は正座した膝の上で手を握り締めた。掌に変な汗をかいていた。  襖が開き、中年の女性がお盆に「汲出し」を載せて運んでくる。――前に、空港で雅煕に二十万円の封筒を押し付けた女性だ。緊張気味に、「桜湯でございます」と二人に渡し、少しばかり困ったように言った。 「杏樹お嬢様のご到着が遅れておりまして……どこかで渋滞に嵌ったかも――」  そこへ足音がして、振袖姿の若い女が待合いを覗いた。 「あ、丹羽さん、ここが控え室?」   「え?」  「え?」  丹羽と呼ばれた女性と、雅煕が同時に声を上げる。白から足元にかけて黒地へとグラデーションの振袖。金銀の流水文様に、エメラルド・グリーンの蝶が飛んでいる。  ――杏樹じゃない! まさか、逃げた!? 「み、美奈子お嬢様? どうしてここに?」
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