38、杏樹危機一髪

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 片膝を立てて立ち上がろうとした雅煕だが、ハッとして祖父を見る。  ――杏樹は見合いから逃げたってこと? 『逃げる女は追うべからず』は適用されるのか?   「雅煕!」  四郎左衛門が低い声で咎める。 「グズグズせんと早う行かんか! 『女のためなら身体を張れ』、これも家訓や! 大貫の車を使え!」 「はい!」  雅煕は立ち上がり、待合いを出る寸前で美奈子を振りかえり、見かけからは想像できないドスの効いた声で宣言した。 「杏樹に何かあってみいや、北川家潰すどころの騒ぎやあらへんで!」  足音を立てて走り去る雅煕の後ろ姿を、美奈子と丹羽が呆然と見送る。 「……ええと、今日の半東(はんとう)さんはあんたやな。この、見苦しい小娘はどこぞにやってから、亭主に伝えておくれやす。茶事は一応、予定通り、ただし、客は正客のわし一人。もしかしたら、連客は中立(なかだち)で戻るやもしれへんと」 「は、はい……! 美奈子お嬢様、早くこっちに……」 「なんで! いいじゃない! あたしだって北川家の娘なのに、みんな杏樹ばっかり……」  癇癪を炸裂させる美奈子に、四郎左衛門が石のように動じずに諭す。
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