38、杏樹危機一髪

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「和泉の嫁とりは、家やないんや。以前の有賀の娘も、まっすぐで素直な子やと思うて選んだ。……素直すぎて、道を誤ってしもうたがな。たとえ、杏樹という娘が雅煕を捨てても、北川の娘という理由でお前さんを選ぶことはあり得へん。まして、人を陥れるような女を、和泉の嫁に迎えることは、絶対にない」  その頃には待合いの騒ぎが伝わり、慌てて様子を見に来た北川家の当主・真一郎は、振袖姿の孫・美奈子の姿を見て、絶句するのであった。              東京サクラホテルでは、連泊する五室にフロントから電話をかけた。うち、一室は男女の営みの最中であったのか、怒鳴りつけられた支配人がひどく恐縮する。別の部屋は上品な老婦人で、これは違うと丁寧に詫びをして切る。他には原稿の締め切りが押して、ホテル缶詰中の人気作家。一部屋は不在。だが、ある部屋は十コールを越えて支配人が切ろうとしたときに、男が出た。 「もしもし? フロント? ええ? 電話なんてしてへんで! なんやねん、いちいちかけてくんなよ、こっちは取り込み中――あああ!」  電話の向こうでガチャンと大きな音を聞き取り、支配人の頭にも警告音が鳴る。
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