prologue

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 杏樹も起き上がろうとしたが、スーツケースを巻き込む形で転倒したために体勢が不安定で、霜の降りた冬の石畳に滑って、ガタン、ともう一回、スーツケースの上に乗り上げてしまった。周りの目も気になるし、かっこ悪いったらない。焦れば焦るほどジタバタしてしまい、頭に血が上り、背中を冷や汗が流れ落ちる。    スーツケースの上に腹ばいになった状態でふと顔を上げると、背の高い人物が杏樹の前に立っていた。逆光でよく見えないが、パリの路地を背景に立つ、立ち姿はなかなかのカッコよさ……    「君、日本人やろ? 大丈夫?」 「は、はいぃ!」  予想外の日本語で呼びかけられて、杏樹の声が裏返る。  日本人だった! 地獄で仏とはこのことか。 「ごめん、見失ってしもたわ」  お笑い番組でよく聞く関西弁のイントネーション。どうやら、犯人を追いかけたものの、追いつけなくて戻ってきたらしい。 「あ、いえ……」 「大丈夫? 立てる? 足でも捻ったか?」
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