prologue

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 低い男の声で問いかけられ、大きな手がぬっと目の前に差し出される。藁にも縋る思いでその手を反射的に掴めば、ぐいっと引き上げられた。立ち上がってみると、男は杏樹より頭一つは背が高く、見上げる格好になる。  まず目につくのは黒い太縁の眼鏡。黒髪は少しくせ毛で、前髪がもっさりと眼鏡の上を覆い、眼鏡と前髪のおかげで顔の印象がほぼ消えている。だぼついたベージュのマウンテンパーカーの下からは赤系統のチェックのシャツが覗き、ブルーデニムもダボダボで、足首のところが数センチ折り返されていた。足元は合皮のスニーカー。いかにも秋葉原あたりにいそうな人種で、普段の杏樹なら絶対に近寄らないタイプ――   (うわっ……だっさ……)  なんて思ってしまい、杏樹は慌てて心の中で詫びる。ごめんなさい、救けてくれた人に、なんて失礼な!     だが、こちらを品定めしていたのは向こうも同じであったらしい。男は黒縁眼鏡と前髪で半ば隠れた顔を傾け、杏樹の足元を検分するように覗き込んで、思わずという風に言った。   「うわー、めっちゃ膝すりむいてる! 血だらけやん!」
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