7、お守り

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7、お守り

 朝、窓から差し込む光で目を覚まし、杏樹は呆然と知らない天井を眺める。微かに小鳥の鳴き騒ぐ声。カタカタとキーボードを叩く音が耳に心地よい。 (……ベッドふかふかだし、羽毛の手触り――)  昨夜の記憶をたどるが、クレベール通り沿いのカフェで夕食を食べ、ワインを飲んで以降の記憶が曖昧だ。 (そうだ、わたし、桜井さんに処女をもらってくれって言って……え、でも処女喪失して記憶なしってこと? そんな――!)    バサリと上掛けを蹴立てる勢いで慌てて飛び起きるが、コートを脱いだだけでニットのワンピースは着たまんま。タイツまでばっちり履いていた。 「起きた?」    キーボードの音が止み、壁際のテーブルの前に座って、ノートパソコンを開いて作業していた男が振り返る。  一番上のボタンを開けたままの、糊の効いた真っ白のシャツに紺のウエストコート、揃いのスラックスを穿いた長い脚を組んでいる。髪は整髪料できちんと整えて額を出し、やや面長で切れ長の目をした素晴らしい美形がそこにいた。 (――誰?)  驚愕に目を見開き、無言で穴が開くほどその顔を見つめる杏樹に、男が首を傾げる。 「どうかした?」
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