8、もう好きじゃない男

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8、もう好きじゃない男

 ゆっくりバス停まで歩いて、昨日と同じ22番のバスに乗り、なんとなく車窓の風景を眺める。  ――昨日一日、いろいろあり過ぎた……。  初めてパリに来て、初恋の男に裏切られて、スリに遭って――  二十年間日本で暮らして、スリもひったくりも、一度だって遭ったことない。治安どうこうもよりも、きっと、昨日の杏樹は心細そうで、弱々し気に見えたのだ。  さりげなく周囲を見回せば、パリにはいろんな人種が溢れている。世界中の憧れ、花の都、パリ。  華やかな都会の片隅で、弱い者を狙う犯罪者はどこにでもいる。今の杏樹は、外国に不慣れな、東洋人の小娘に過ぎない。  ふっとバスの隣に大柄な男性が乗ってきて、杏樹はギクリとする。  昨日は、隣に桜井がいた。でも、今日は一人――    桜井が「お守り」だと言って貸してくれた時計を、コートの上から右手で握って、確かめる。  バスは凱旋門の周囲をめぐり、オッシュ通りに入って――杏樹は、昨日と同じ停留所で降り、自分の脚でしっかり歩いて、大使館に向かった。   「パスポートって本当に大事なんだ……そうだよね、これないと日本帰れないし」
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