8、もう好きじゃない男

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「別にいいでしょ? ほっといてよ。わたしはパリに来ないと思い込んでたんだから、ずっと信じておけばいいじゃない」 「そんなわけいかないだろ! 今、どこにいるの、北川のおばあ様だって心配してるよ!」     伸びてきた手を避けるように身を竦めて、杏樹は眉を顰める。――あの後、ひったくりに遭って財布もスマホも、パスポートまで盗られたなんて、健司はともかく美奈子に言ったら、一生笑いものにされるに違いない。   「おばあちゃまにはちゃんと伝えてあるわ。とにかくもう、あなたと関わることはないから、街で会っても話しかけないでよ!」 「杏樹、俺の話を聞いてよ! 俺は君がくると待ってたけど、美奈ちゃんが……」  健司が気まずそうに美奈子を振りかえるが、美奈子は赤茶色に染めたウエーブヘアをかき上げ、ふてくされたように横を向いた。かったるそうに黒革にステッチのあるブランドバッグから煙草を取り出し、咥えて火を点ける。白い煙を吐きだしてから、肩を竦めた。 「どうせ杏樹は馬鹿だから、一人でパリまで来れないと思ったのよ! 悪気はないのよ。……昨日、帰ってこないからどうしたかと思ったけど、元気でよかったわ」
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