2325人が本棚に入れています
本棚に追加
十年くらいずっと好きだったはずの男なのに、恋が冷めるのは本当に一瞬なのだと、杏樹は知った。
途中のパン屋でパンとコーヒーを買って、杏樹はいったん、ホテルに戻った。
部屋で荷物を整理して、パンとコーヒーの昼食を取り、それから、時間を見て東京の自宅に電話する。
――今、日本は夜の七時。この時間なら、祖母も家にいるはず。
『もしもし?』
「もしもし、おばあちゃま? 杏樹です」
『杏樹! これはまた、どこからかけてるの?』
「ホテルの部屋。用があったら、こっちにかけて? 番号は――」
ホテルの部屋直通の番号を知らせると、電話の向こうでメモを取った祖母が復唱する。
『スマホ失くすなんて、何があったの?』
「……実は、ひったくりに遭ったの。スマホだけじゃなくて、財布とパスポートも……」
電話の向こうで祖母が絶句する。
『命に別状はなくてよかった……と言うべきかしら? 本当に、一人旅なんて、許すんじゃなかったわ……』
「ごめんなさい。それでお金とかはあの、桜井さんに借りたから、日本帰ったら返さないと――」
『日本の連絡先は聞いているの?』
最初のコメントを投稿しよう!