8、もう好きじゃない男

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 十年くらいずっと好きだったはずの男なのに、恋が冷めるのは本当に一瞬なのだと、杏樹は知った。        途中のパン屋でパンとコーヒーを買って、杏樹はいったん、ホテルに戻った。  部屋で荷物を整理して、パンとコーヒーの昼食を取り、それから、時間を見て東京の自宅に電話する。  ――今、日本は夜の七時。この時間なら、祖母も家にいるはず。 『もしもし?』  「もしもし、おばあちゃま? 杏樹です」 『杏樹! これはまた、どこからかけてるの?』 「ホテルの部屋。用があったら、こっちにかけて? 番号は――」    ホテルの部屋直通の番号を知らせると、電話の向こうでメモを取った祖母が復唱する。 『スマホ失くすなんて、何があったの?』 「……実は、ひったくりに遭ったの。スマホだけじゃなくて、財布とパスポートも……」    電話の向こうで祖母が絶句する。 『命に別状はなくてよかった……と言うべきかしら? 本当に、一人旅なんて、許すんじゃなかったわ……』       「ごめんなさい。それでお金とかはあの、桜井さんに借りたから、日本帰ったら返さないと――」 『日本の連絡先は聞いているの?』
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