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濃いグレーのカシミアのチェスターコートの裾を翻し、右手に茶色の革のブリーフケースを提げ、きちんと磨かれた茶色の革靴で、長い脚でまっすぐにこっちに向かってくる姿の格好良さに、杏樹の心臓がドキドキする。――昨日はあんなにダサかったのに! スーツの威力ってすごいんだ!
「ごめん、待った?」
「大丈夫です。わたしも来たところだから」
文句をつけるとすれば、妙に顔の印象を奪ってしまう太縁の眼鏡なのだが、もし眼鏡がなかったらイケメン過ぎて目のやり場に困ってしまっただろう。
「パスポート、受け取れた?」
「はい! 受け取ってきました!」
そんなやり取りをしているところへ、背後から声がかかる。
「あれ、桜井君、食事いかへんの?」
男性の、甲高い関西弁に桜井がぎょっとして振り向き、丁寧に頭を下げる。
「飯塚先生、すいません。約束があるんで、僕はこれで失礼します」
「あ、もしかして、例の彼女?」
見かけはロマンスグレーのいかにも学者然とした紳士だが、口を開くと甲高い関西弁で、妙な残念感が漂う。
「ええ、まあ……」
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