2325人が本棚に入れています
本棚に追加
10、バレンタイン・ディナー
パリの十六区、高級住宅街の中に、隠れ家のようにそのレストランはあった。
目立つ看板もなく、ぱっと見レストランとわからない。桜井はスマホで慎重に場所を確かめて、それからドアを押した。
カラン、カラン……
ドアベルの音が店内に響く。落ち着いたグレーの内装の、細長い部屋に白いクロスをかけた円形のテーブルが並び、客が二組、どちらも男女カップルで、店の奥に厨房が見えた。三十代くらいの、実直そうな東洋人の男性が奥からやってきて声をかける。
「Bonsoir!――あ、さきほどお電話いただいた、日本の方ですね!」
「はい、桜井です。今日はいきなりですみません」
「いえ、バレンタインだから予約取りにくかったでしょ!」
「……バレンタイン?」
桜井がしまったと言う風に顔を引きつらせる。
「忘れてたんですね、桜井さん」
杏樹が笑えば、桜井がぶんぶんと首を縦に振る。
「そういうのんに無縁な生活が長すぎたんや……それでどこもいっぱいやったのか」
最初のコメントを投稿しよう!