10、バレンタイン・ディナー

1/9
前へ
/337ページ
次へ

10、バレンタイン・ディナー

 パリの十六区、高級住宅街の中に、隠れ家のようにそのレストランはあった。  目立つ看板もなく、ぱっと見レストランとわからない。桜井はスマホで慎重に場所を確かめて、それからドアを押した。  カラン、カラン……  ドアベルの音が店内に響く。落ち着いたグレーの内装の、細長い部屋に白いクロスをかけた円形のテーブルが並び、客が二組、どちらも男女カップルで、店の奥に厨房が見えた。三十代くらいの、実直そうな東洋人の男性が奥からやってきて声をかける。 「Bonsoir!――あ、さきほどお電話いただいた、日本の方ですね!」 「はい、桜井です。今日はいきなりですみません」 「いえ、バレンタインだから予約取りにくかったでしょ!」  「……バレンタイン?」  桜井がしまったと言う風に顔を引きつらせる。 「忘れてたんですね、桜井さん」        杏樹が笑えば、桜井がぶんぶんと首を縦に振る。 「そういうのんに無縁な生活が長すぎたんや……それでどこもいっぱいやったのか」
/337ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2325人が本棚に入れています
本棚に追加