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その瞬間、その場の音が消え、桜井がゴクリと唾を飲み込む音が妙に響く。続いて、ドクドク波打つ自分の心臓の音まで聞こえてきそうな緊張の中で、桜井が絞り出すような声で言った。
「……君な、こんなところで、俺の最後の理性を砕くようなことを言わんでもええやろ……」
桜井はキーを差し込んでロックを解除し、ドアを開けて真っ暗な部屋に杏樹を押し込むようにして自分も入室すると、室内の差し込み口にカードを入れる。明かりが点いて周囲が明るくなると同時に、杏樹の背後でドアが閉まった。
カチリ、とドアをロックする音がして、杏樹はハッとして桜井の顔を見上げる。桜井もまた黒縁の眼鏡の奥の目で、じっと杏樹を見下ろしていた。
「あの――」
言いかけた杏樹を遮るように、桜井の声が被さる。
「……昨日の、申し出はまだ有効なん?」
杏樹がコクンと唾を飲み込み、頷いた。
「ゆ、有効です。……もしよかったら、処女もらってください。お礼に、じゃなくて、桜井さんが、好きだから」
直後に杏樹はギュッと抱きしめられると同時に、降りてきた桜井の眼鏡が、杏樹の額に激突した。
「痛っ!」
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