36.ボディーガードの近衛です

1/1
224人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ

36.ボディーガードの近衛です

 ──time13:35──  由利と近衛はK大学病院の小児科フロアに着いた。  受付で蒼太を呼び出し、近衛には病棟7階にあるレストランで待つように告げた。  が、当然近衛は納得しない。 「離れたら護衛にならない」 「ここは病院だから平気だろう。蒼太に呼ばれたのは僕だけだし、きみが一緒に話を聞くいわれがない。警察の人間だとも言いたくない」 「オレが警官であることは秘密だ」 「わかってる。だったらなおさら、きみを同席させる説明がつかない」  と、打ち合わせを始めたところへ、蒼太があっという間にやってきた。 「タカくん!」と駆け寄ってきた蒼太が、由利より先に隣に立つ近衛を見る。  蒼太に近衛を会わせるつもりはなかったのに。  まったく。   「そちらは?」 「ボディーガードの近衛です」  由利に悩む間も与えずに、近衛が言った。  え?  由利も絶句したが、蒼太は面食らってポカンとした。 「なんだって? ……近衛って」  蒼太が怪訝そうに眉根を寄せるのと、由利がハッと気づくのが同時だった。 「蒼太、あっ……」 「どういうこと? 近衛って、近衛琉生だよな? 酔っ払って持ち帰った男のことだろ?」 「……あぁ」    由利は思わず天を仰ぐ気分だった。  江藤の殺人捜査で三善と細井刑事コンビが病院に来たとき、アリバイを証言できる男がいると話していたのだった。LINE画面まで見せたのに、すっかり失念していた。  しかし近衛もいきなり何を言い出すのか。  慌てる由利の横で、近衛は涼しい顔でウェストポーチから名刺を取り出して、蒼太に渡した。  由利は思わず一緒に覗き込んだ。  警備会社の名刺だった。身辺警護担当・近衛琉生とある。  これは身分偽装用だ。さすが公安研修を受けるだけある。こうした名刺を何種類も持たされているのだろう。 「由利さんの身辺が不穏だと聞き、プライベートボディーガードの契約をしたところです」  由利は内心唖然としていたが、蒼太が何か言う前にたたみかけた。 「すまない。蒼太に心配かけたくなくて相談しなかったんだが……、彼には、あの夜のアリバイを証してもらうために、連絡したんだ」 「LINEしたのは知ってるけどな」  蒼太は少しピリッとした顔で近衛を睨むと、名刺をポケットに入れた。 「アリバイを証明するかわりに、契約をしろと迫ったのか?」 「いや、僕が頼んだ」 「……まあいいさ。タカくん夏期休暇中だし、プロに身辺警護されるなら安心だ。昨日事件現場にも行ってるし、さっきニュースを見た。黒谷弁護士が殺害されたって」  蒼太が溜息まじりに言う。 「異常だよな。こんな事件ばっかり」 「まぁ、な……、それで蒼太、五十嵐教授の件で呼んだのか?」  違う、と蒼太はかぶりをふり、また溜息を尽く。  込み入った話らしい。 「ここでは話せない。部屋を押さえてある」 「近衛も一緒でいいか?」 「部屋の外で待っててもらうよ」  近衛に視線を投げると、「わかった」と素直に引き下がった。    ◆◆◆  蒼太に案内されて、心療内科フロアに向かった。他のフロアと違って、患者がひしめく場所ではない。人けがなく、アナウンスでガヤガヤすることもない。蒼太と由利だけがカウンセリングルームに入った。近衛は待合ソファで待機だ。  カウンセリングルームはカーテンや壁紙が優しい色合いで、シンプルながらも雰囲気のいいテーブルと椅子が置かれている。ウォーターサーバーに観葉植物、アロマオイルが焚かれている。自然の中にいるような清々しい香りだ。癒やされるなぁ。車でもアロマを焚くようにしよう。うん。    蒼太は椅子に座らずに話を始めた。 「昨夜、立てこもり捜査本部の管理官から電話があって、相田藍奈の受け入れ要請がきたんだ」  それは全く予想もしない話だった。 「あの少女が、この病院にいるのか?」 「うん。タカくんにアイナのことを調べてくれと頼まれただろ。あのとき、伯父さんには事情を話して、人質情報の裏を取ったって話したよな?」 「覚えてる……」 「そういうわけだ」  警察は警察官の身内の協力を仰ぐことが多い。身元がはっきりしているし、身辺も調査済み、官僚の甥で医師なら使い勝手抜群だろう。  相田藍奈の背景は複雑だ。5年前の立てこもり犯の娘であり、父親(犯人)は昨夜逃走したMに射殺されている。事情を話せるところに預けるのは当然だ。 「でもどうして僕を呼んだ?」 「伯父さんに言われたんだ。タカくんに、相田藍奈と話をしてほしいって」 「は? 僕に事情聴取しろというのか?」 「──だな」  おかしい。警察なら真っ先に相田藍奈と話がしたいはずだ。それを外部の民間の精神科医に丸投げはあり得ない。  僕をはめようとしているのか?
/84ページ

最初のコメントを投稿しよう!