224人が本棚に入れています
本棚に追加
/84ページ
36.ボディーガードの近衛です
──time13:35──
由利と近衛はK大学病院の小児科フロアに着いた。
受付で蒼太を呼び出し、近衛には病棟7階にあるレストランで待つように告げた。
が、当然近衛は納得しない。
「離れたら護衛にならない」
「ここは病院だから平気だろう。蒼太に呼ばれたのは僕だけだし、きみが一緒に話を聞くいわれがない。警察の人間だとも言いたくない」
「オレが警官であることは秘密だ」
「わかってる。だったらなおさら、きみを同席させる説明がつかない」
と、打ち合わせを始めたところへ、蒼太があっという間にやってきた。
「タカくん!」と駆け寄ってきた蒼太が、由利より先に隣に立つ近衛を見る。
蒼太に近衛を会わせるつもりはなかったのに。
まったく。
「そちらは?」
「ボディーガードの近衛です」
由利に悩む間も与えずに、近衛が言った。
え?
由利も絶句したが、蒼太は面食らってポカンとした。
「なんだって? ……近衛って」
蒼太が怪訝そうに眉根を寄せるのと、由利がハッと気づくのが同時だった。
「蒼太、あっ……」
「どういうこと? 近衛って、近衛琉生だよな? 酔っ払って持ち帰った男のことだろ?」
「……あぁ」
由利は思わず天を仰ぐ気分だった。
江藤の殺人捜査で三善と細井刑事コンビが病院に来たとき、アリバイを証言できる男がいると話していたのだった。LINE画面まで見せたのに、すっかり失念していた。
しかし近衛もいきなり何を言い出すのか。
慌てる由利の横で、近衛は涼しい顔でウェストポーチから名刺を取り出して、蒼太に渡した。
由利は思わず一緒に覗き込んだ。
警備会社の名刺だった。身辺警護担当・近衛琉生とある。
これは身分偽装用だ。さすが公安研修を受けるだけある。こうした名刺を何種類も持たされているのだろう。
「由利さんの身辺が不穏だと聞き、プライベートボディーガードの契約をしたところです」
由利は内心唖然としていたが、蒼太が何か言う前にたたみかけた。
「すまない。蒼太に心配かけたくなくて相談しなかったんだが……、彼には、あの夜のアリバイを証してもらうために、連絡したんだ」
「LINEしたのは知ってるけどな」
蒼太は少しピリッとした顔で近衛を睨むと、名刺をポケットに入れた。
「アリバイを証明するかわりに、契約をしろと迫ったのか?」
「いや、僕が頼んだ」
「……まあいいさ。タカくん夏期休暇中だし、プロに身辺警護されるなら安心だ。昨日事件現場にも行ってるし、さっきニュースを見た。黒谷弁護士が殺害されたって」
蒼太が溜息まじりに言う。
「異常だよな。こんな事件ばっかり」
「まぁ、な……、それで蒼太、五十嵐教授の件で呼んだのか?」
違う、と蒼太はかぶりをふり、また溜息を尽く。
込み入った話らしい。
「ここでは話せない。部屋を押さえてある」
「近衛も一緒でいいか?」
「部屋の外で待っててもらうよ」
近衛に視線を投げると、「わかった」と素直に引き下がった。
◆◆◆
蒼太に案内されて、心療内科フロアに向かった。他のフロアと違って、患者がひしめく場所ではない。人けがなく、アナウンスでガヤガヤすることもない。蒼太と由利だけがカウンセリングルームに入った。近衛は待合ソファで待機だ。
カウンセリングルームはカーテンや壁紙が優しい色合いで、シンプルながらも雰囲気のいいテーブルと椅子が置かれている。ウォーターサーバーに観葉植物、アロマオイルが焚かれている。自然の中にいるような清々しい香りだ。癒やされるなぁ。車でもアロマを焚くようにしよう。うん。
蒼太は椅子に座らずに話を始めた。
「昨夜、立てこもり捜査本部の管理官から電話があって、相田藍奈の受け入れ要請がきたんだ」
それは全く予想もしない話だった。
「あの少女が、この病院にいるのか?」
「うん。タカくんにアイナのことを調べてくれと頼まれただろ。あのとき、伯父さんには事情を話して、人質情報の裏を取ったって話したよな?」
「覚えてる……」
「そういうわけだ」
警察は警察官の身内の協力を仰ぐことが多い。身元がはっきりしているし、身辺も調査済み、官僚の甥で医師なら使い勝手抜群だろう。
相田藍奈の背景は複雑だ。5年前の立てこもり犯の娘であり、父親は昨夜逃走したMに射殺されている。事情を話せるところに預けるのは当然だ。
「でもどうして僕を呼んだ?」
「伯父さんに言われたんだ。タカくんに、相田藍奈と話をしてほしいって」
「は? 僕に事情聴取しろというのか?」
「──だな」
おかしい。警察なら真っ先に相田藍奈と話がしたいはずだ。それを外部の民間の精神科医に丸投げはあり得ない。
僕をはめようとしているのか?
最初のコメントを投稿しよう!