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<第一章>1.元カレの今カレからかかってきた不穏な電話
深夜、由利尭人は不快な振動で眠りを妨げられ、スマホを探り時計を見た。
午前3時の着信が、良い報せだと思うバカはいない。特定の恋人もいないから、深夜に会いたいコールも来ようもない。
スマホの表示は知らない携帯番号だった。間違い電話だろうか。このまま無視したいが、放っておくとまたかかってくるかもしれない。
──めんどい。
名乗らないで電話に出ることにした。呼びかけられた名前が別人だったら、番号の間違えを指摘して、すぐ切るつもりだった。
《由利先生の携帯でしょうか》
あっさり関門をクリアされた。
「だれ?」
応えながら、頭が疼く。昨夜はかなり飲んだらしい。途中で記憶が吹っ飛んでいて、どうやってマンションの寝室まで辿り着いたのかさえ思い出せない。引っ越して半年、帰巣本能で戻れたのなら大したものだ。
《五十嵐先生の助手で清井拓未と申します》
──きよいたくみ?
それは知らない名前だが、五十嵐和紀ならわかる。大学時代の指導教授だった。今48歳か、精神医学界の権威者だ。
「知ってるけど……今、何時か知ってる?」
《先生と2日前から連絡が取れなくなっています。さっき俺の携帯に『由利のところにいるから心配ない』というメールが届いて……》
「……ひどい話だな」
由利のこめかみはぶち切れる寸前だったが、辛うじて怒りを飲み込んだ。
由利は名門K大学医学部卒、留学を経て現在、32歳。
横浜の三つ葉女子大学で社会学部心理学准教授として、早くも第二の人生をひっそりと謳歌しているところだった。
五十嵐とは13年前、学生時代に成り行きから半年付き合っていた。
それでも長すぎたと後悔するほどだが、五十嵐から離れたとたん、腹いせに性癖を暴露され、由利にしつこく迫られたと吹聴して歩かれた。最悪最低の男だった。
そんな五十嵐は真性ホモで、体面のために契約結婚で妻はいたが、女はまったくダメだった。
察するに、非常識な時間に電話をかけてきた清井某は、五十嵐の恋人なのだろう。
《あの……由利先生、五十嵐先生は》
清井が遠慮がちに話しかけてくる。五十嵐がここにいると信じ込んで、彼を出せと言いたいのだろう。
確かに由利は恋人関係を解消しても、五十嵐の門下生であるために、完全に縁を切れずにいた。内情を知っている人間が、幼なじみの蒼太だけだったからだ!
でも、これ、マジギレしていいよな?
「清井君だっけ? 僕は思い出せる限り、先生とは何年も連絡も取っていない。当然ここにはいない。きみはどこで僕の携帯番号を入手したんだ?」
《先生のスマホにありましたけど》
「ッ…!?」
ズキンと突き上げる痛みに襲われた。
あのヤロウ……!
番号を変えたのに、いつの間に。
《先生と、話だけでもさせていただけませんか、連絡がつかなくて心配で》
鬱陶しい電話だ。どうしてこんな時間に、五十嵐のことで叩き起こされなければならないのか。不愉快極まりない。
「大概にしろ。いるわけないだろ!」
受話器を叩きつけて電話を切れたらスカッとするだろうに、スマホは画面をタッチするだけだ。
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