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なんとか自宅まで戻ってこれた僕は、玄関扉を施錠した瞬間にその場で座り込んでしまう。額や背中が汗で滲み、切れた息を落ち着かせようと試みるがうまくいかない。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら、ようやく心臓の動きもゆっくりになってきた頃。背を預けている扉の向こうから、喋り声がした。
『――い。今戻って――ました』
男性であるのは分かるが、流石に内容までは聞き取る事が出来ない。しかし……。
『――を待って――はい。母親と同様に――』
ゾワリと全身が総毛立つ。今、何と言った? 母親と聞こえなかっただろうか。勿論偶然かもしれない、こちらの勘違いかもしれないが……。
靴を履いたまま、四つん這いでリビングに進み小さなモニターの電源を押す。来客を確認する玄関カメラが外の様子を映し出した。
顔を近づけて人の姿を探すが見当たらない。早々に立ち去ったのか、それとも……僕自身が狂ってしまったのか。
「……うぅっ……! うううぅうう……!!」
床へ突っ伏すと、涙がこぼれてきた。何故自分が泣いているのか、その理由が分からない。
――醜態だな。
うるさい……! うるさいうるさいうるさい!!
腕を振り回したせいで、棚やテーブルの上に置かれたものを落としてしまう。けれど、それを叱る母はいない。
「……いっそ……だったら……僕も……」
感情がめちゃくちゃになっている中、突然僕のスマホが鳴り始めた。無視するつもりだったが、もしかしたら和樹かもしれないと思い、ポケットからスマホを取り出す。
液晶画面に表示された相手の名前は――。
「…………雫、さん……?」
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