29人が本棚に入れています
本棚に追加
恐る恐るといった感じで、僕は通話ボタンをタップする。
「…………もし、もし」
『こんばんは、伊織くん』
普段と変わらない落ち着いた様子で雫さんは話しかけてきた。それを怖いと感じてしまうのは、咲凛から入れ知恵をされたからだろうか。
「あの、どうしたんですか? 何かありましたか?」
僕の問いに少し間を置き、心底呆れたような口調で雫さんが返す。
『恋人へ電話をするのに、理由が必要ですか?』
「い、いえ! あの、そうじゃなくて……す、すみません……」
何か言い訳をしなければ。しどろもどろになりつつ、会話を繋げようと必死になる。
「か、和樹から家へ電話が掛かってきたみたいで、もしかしたら発見したという報告かなと」
『ああ、そうなのですね』
「……ご存知なかったですか?」
『ええ、そのような報告は今の所』
和樹のお母さんは学校側へ連絡をしていないのだろうか。かなり混乱していた様子だったし、忘れているのかもしれない。
『伊織くんは』
そんな事を考えていると、再び名前を呼ばれた。いけない、今は雫さんとの電話に集中しなければ。
『私と獅波和樹くん、どっちが大事ですか?』
……この人は何を言っているのだろう。僕は聞き間違いかと思い、かつ重い空気を緩和させたくて小さく笑ってみせる。
「……あ、あはは。ど、どうしたんですか雫さ――」
『もう一度言いましょうか。伊織くんにとって、私と、獅波和樹くん。どちらが大事かと聞きました』
電話越しから、フゥフゥと小さな音が聞こえてくる。彼女は……本気だ。
最初のコメントを投稿しよう!