第1章 僕は僕で生きていく

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『新刊、買った?めっちゃ語り合いたい!』 というラインの通知がきて、そういえば今日は人気長編小説の 発売日だと思い出した。 それはアニメ化も長く続いているので、アニメも気に入ってる。 それで恋人と交差点で別れて、僕は小説の新刊を買うために 商店街にある書店へと向かった。 質素な町なので人の通りもまばらで、誰ともぶつかり合わずに スムーズに歩ける。 それでも、安売りしている魚屋の前に夕飯の買い物で群がる客が 集まっていて、そこを通った初老の女性が客と軽くぶつかって よろけて、手提げのバッグから物をいくつも落としてしまった。 「おばあちゃん待って!僕が拾うからじっとしてて! あ、強盗じゃないから安心してくださいね」 咄嗟に叫んで急いで駆け寄りつつ、誤解されては大変だと付け足して 僕は彼女の落とした数々の品を、自分の通学鞄から取り出した布製の バッグに入れながら拾った。 たまに母から、下校中に買ってきて欲しいものを頼まれるので。 布バッグは折りたたんでカバンの中に常備してあるのだ。 お財布や小物類、何か買ったらしき紙袋、少な目だったけど派手に 四方に飛んだそれを僕は拾い集め、立ち尽くす女性へと布バッグを 持って近づいて中身をみせた。 「はい、ちゃんとお返しします。これで全部ですか? 拾い忘れはないですか?」 彼女は中身をみたあと、僕をみてきて、美しい顔立ちで微笑んできた。 「全部あるわ......どうもありがとうございます。優しい子ね」   黒と白のバランスの綺麗なカラーリングの艶やかな髪を、ベレッタで 後ろにまとめていて、紺色のコートも巻いている薄紫のストールも 上品で、とても似合っている。 「いえいえ、うちの母が仕事で膝を痛めていて、 しゃがむのが大変だっていつも言ってるから。 あなたも、拾うのはキツイんじゃないかな?って、思ったんです」 「まあ、そうなの......お母さんも大変ね。 私もやっぱりしゃがむのは辛いのよ、 助かったわ、ありがとう。でも、バッグが......」 彼女の持っていたバッグは端が破けて穴が空いていた。 物が落ちたのは、そのせいでもあった。 花柄で清楚なそのバッグは使い古されて色褪せて。 手提げの部分が擦れている。 「大事に大事に使っていたのに、もうダメなのね。 そうよね、もう16年も経ってしまったんだもの......もう無理ね」 まるで我が子に触れるように、女性がバッグをそっと何度も撫でた。
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