第1章 僕は僕で生きていく

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彼女はバッグの中に入れていたハンカチも地面に落としたので 僕は涙を拭くためのポケットティッシュを差し出した。 そしたら更に泣かれてしまって、更に戸惑ってしまった。 「お礼がしたいけれど、なにもないわ......。 あっ、せめてこれを、受け取ってくださらないかしら」 と、彼女が小さな紙袋を差し出してきた。 それは、この街の商店街にしか店舗がない、ちょっとした有名店の 和菓子だった。 値段が高いだあって、あんこの質が絶品で、皮にもこだわりがある。 「あーっ!僕、この店の和菓子が大好物なんです! けど、そんな気を遣わなくても大丈夫ですよ」 「いいえ、どうか受け取って。 急にね、買いたくなって、この街まできたのよ。 ほんとは2駅ほど向こうに住んでるんだけどね」 「え、わざわざ?尚更に僕がもらっちゃダメなものですよ」 「お願いします。どうか受け取ってください」 頭まで下げられてしまい、これはもう断るほうが失礼だと思えた。 「いただきます。家族で大事に食べます。ありがとうございます!」 ちょうど3個だから、僕と両親、3人で分け合うことができる。 僕はしっかりと両手で紙袋を受け取って、通学鞄の中に 潰れないように気をつけて入れた。 いやはや、うちの親も高齢になるまで長生きしてほしいもんだ。 なんてことを考えながら、商店街へと歩いて行くおばあちゃんへ軽く手を 振って見送っていたら......。 「優しいですねぇ、君は」 ふいに背中越しに声がしたので振り向いてみた。 いつの間にか若い男性が立っていて、あまりにも奇異な風貌だったので ビクリと肩を震わせてしまった。   英国紳士風の風貌で、グレーのハット、グレーのシャツ、グレーのスーツ、 グレーのマフラー、グレーのコート、グレーの手袋、グレーの靴、 グレーの長髪にグレーの瞳......。 白い肌、笑うとみえる白い歯、それ以外はすべてグレーだったのだ。
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