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そうして朝を迎え、2枚の絵が完成すると、その内の…藤次と約束した1枚を、眠る絢音の傍らに置くと、藤司は部屋を後にし、生涯かけて愛すると誓った女との暫しの別れを、決意した。
そうして時は巡り、幾つもの季節が通り過ぎて行き、桜咲き誇る春。京都地方検察庁の掲示板に、新年度の正式採用者の名前と、初年度の赴任先が掲示された。
「さて、約束通りなら、これ見にくんのも、今年が最後になるはずやけど、果たして…」
言って、名前を上から見ていく男が一人。
やや待って、その男の視線が止まり、ニヤリと、口角が上がる。
「相原藤司。初年度赴任先は…仙台か。なら久しぶりに、連絡してみるかのぅ…」
呟いて、男はスマホを取り出し、とある人物に電話をする。
「…おう。酒井か?久しぶり。仙台時代は世話なったな。なあ、ちょお…こっちに急ぎで送ってもらいたいもんあんねんけど、頼めるか?……ああ。できるだけ男前なやつで、頼むわ。宛先は…」
そうしてやり取りした後電話を切ると、徐に掲示板の…相原藤司の部分を撮影すると、それをメールに添付して、こうメッセージを綴って、とある人物に送信する。
−果し状、来たで?初年度は仙台や。京都来んの、楽しみやな。−
「ホンマ、愉しみやわ。あの恩知らずのクソガキ、どう血祭りにあげたろ。」
そうしてニヤリと男…藤次は嗤い、廊下の奥へと消えていった。
*
「郵便です。棗絢音さんに、速達です。」
「あ、はい。ご苦労様です。」
数日後。仙台地方検察庁の酒井と言う人物から、速達で封書が届いたので、絢音は不思議に思いながらも、ペーパーナイフでそれを切り裂くと、中に入っていたのは一枚の写真と、夫の欄に名前の記された、婚姻届。
余白には短く「もう一人のトウジによろしく」と書かれていて、写真には、真っ新なスーツ姿に、検察官紀章を胸元に光らせた、あの頃と寸分違わない真っ直ぐな瞳を自分に向ける、相原藤司の姿があった。
「ホント、バカよ…トウジって男は…」
溢れる涙を拭い呟いていると、婚姻届の隙間からハラリと落ちた、一便箋。
-身体、お前やないと抱けんなった。せやから、身体だけは綺麗なままで迎えに行くから、責任取って、俺の身体の初めても、もらってな?…今も、昔も、これからもずっと、愛してる。藤司-
「バカよ…どこまでも、バカで真っ直ぐ…一生女抱かないつもり?ホントにもう、知らないんだから…」
いつまでも色褪せない藤司の想いに、絢音は嗚咽を殺して泣いていたが、やや待って、彼女は婚姻届を大事に文箱に終い、写真に見合った額を探しに、奥の納屋に消えていった。
誰もいなくなった居間の、一番良く見える場所に、額に入れられ飾られた、藤司が藤次との約束で描いた絢音の弾けんばかりの幸せそうな笑顔が、窓から差し込む春の陽光に照らされ、静かに穏やかに、輝いていた…
初恋 了
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