初恋

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「わあ…」 押し入れの本棚にびっしり詰められた、法律関係や刑法、民法、はたまた洋書の論文書など、様々な専門書に、藤司は感嘆の声を上げる。 「確かこの辺の棚に………あった!!」 「?」 不思議そうに小首をひねる藤司に、絢音は古ぼけて付箋まみれの一冊の本を、彼の前に示す。 「検察官のなり方?」 「うん。もう20年以上前のものだから、参考になるかは分からないけど…私のものじゃないからあげれないから、ここでゆっくり、読んでみて良いわよ?」 「う、うん…」 「本棚の本も、元の位置に返してくれれば、自由に読んでいいからね。今、お茶淹れるから…」 言って、絢音は藤司を見やると、彼は既に本の世界に入っており、その顔に愛しいもう1人のトウジを重ねて、小さく笑って、台所に向かった。 「………色々調べてみたけど、大学行って司法試験?これ受けるんが一番近道か…確か楢山も、そないな名前の試験、大学行ったら受ける言うてたし、ちょお、聞いてみようかな…試験内容とか、気になるし…大学も、アイツ確かK大推薦言うてたな。ワシの成績でも狙えるはずやし、先生にも聞いてみるか…」 呟き、壁掛け時計を見ると、既に18時を回っており、部屋中に香ばしい匂いが立ち込めていて、藤司の腹が僅かに鳴る。 「あら。終わった?随分熱心だったわね。どう?なれそう?」 新しいお茶どうぞと湯呑みを渡されたので、それを啜りながら、藤司は口を開く。 「うん。いけそう。本棚の法律の本も、なんとなく分かるし…隣のクラスに、多分やけど、おんなじ試験受けよう言う娘がおるみたいやから、聞いてみる!」 「そう。良かった。頑張ってね。応援する。」 そう言ってにっこり花のように笑う絢音に、藤司はドキドキと胸を高鳴らせる。 「あの…絢音さんて、彼氏とか、いるん?」 「えっ?!」 瞬く絢音に、藤司はグッと迫る。 「ワシ…司法試験受けて検察官なる!せやから、それ叶ったら、結婚…」 「ただーいまー」 「!!」 不意に玄関から聞こえた男性の声に、2人は瞬く。 すぐさま絢音は立ち上がり、玄関へと向かう。 「ワシ…今、何言って…」 バクバクと心臓を高鳴らせながら、赤い顔して俯いていると、絢音と、先程の声の主が揃って居間にやってくる。 「あ……」 その顔を見た瞬間、藤司は目を見開く。 目の前に居た男性は、4年前、母親のひき逃げ事件で加害者を徹底的に追求していた、自分が検察官になろうと先程決意した…まさにその人だった。 「なんや。可愛いお客て…男かい…」 渋い顔で自分を見下ろす藤次。やや待って、彼は絢音を見やる。 「お前…ワシの留守にこんな若い男家に連れ込んで、ナニする気ぃやってん。なぁ?」 言って、彼女の肩に気安く手を回すので、藤司はカッとなる。 「なんやねんオッサン!!いきなり上がり込んできて、ワシの絢音さんに、気安触んな!!」 「あぁ?誰が、誰のものやて?大体…ここはワシの家や!お前が出て行けこのクソガキ!!」 「ウソつくなやアホ!!ここは絢音さんちや!!ワシ、もう家帰らん!ここで絢音さんと暮らすんや!!せやから、出てけ!!」 叫んで、藤次から絢音を引き離すと、戸惑う彼女の手を握りしめ、藤司は声を上げる。 「絢音さん!!好きや!!ワシ…いや、僕と、結婚して下さい!!僕、絶対検察官なります!!せやから…」 「アホか!!日本は重婚は犯罪や!!法律家目指しとんなら、そんくらい知っとけ!!こんのドシロウト!!」 「えっ……」 藤次にがなられ、藤司はハッとなり、今まで気にも留めてなかった彼女の指を見ると、左手の薬指には…結婚指輪が嵌められていた… ふと、自分を渋い顔で見ている藤次の、組まれた腕の左手薬指を見ると、同じデザインの指輪があり、藤司は顔を歪める。 「あ………」 ポロポロと涙が溢れて来た藤司を、絢音は困ったように笑いながらも、優しく抱き締める。 「ありがとう。小さい藤司さん。気持ち、とっても嬉しかった。でも、私…こっちにいる大きい藤次さんが、好きなの。だから、あなたの結婚して欲しいって夢は叶えてあげられないけど、もう一つの夢なら、応援するわ…」 「えっ?」 瞬く藤司の涙を拭ってやりながら、絢音は隣でギリギリと歯軋りしながら、必死に怒りを堪えている藤次を見やる。 「藤次さん。しばらく定時なんでしょ?なら、この子に検察官のなり方…勉強教えてあげて?」 「えっ?」 「はあ?!」 唐突な申し出に瞬く2人のトウジに、絢音はニコリと微笑み、胸の前で手を合わせる。 「同じ名前なのも、こうして出会ったのも、きっと何かの縁よ。藤司君が大学入る一年と少しの間で良いわ。受験と法律の勉強…見てあげて?ね?私、ご飯腕振うから。藤司君だって、現役の検察官の話…聞きたいでしょ?」 「せやけど…」 「お願いします!!」 「!!」 勢いよく頭を下げる藤司に、藤次は瞬く。 「もう、忘れてしもてるかもしれませんが、僕…4年前にあなたに助けられたモンです!!あなたみたいになりたいんです!!せやから、お願いします!!」 深く深く頭を下げて懇願する藤司に、藤次は複雑そうに頭をガリガリと掻いた後、大きく息を吐き、口を開く。 「…最新の全国模試の順位、ちゅうか偏差値、なんぼ?あと、志望大は?」 「え?…確か、全国3位で関西圏でも2位。偏差値は、75〜80くらい。隣のクラスの…司法試験受けよういう子が、K大学言うてたから、そこ目指そうかなて…」 「確か高2やったな。11月か…まあ、受験なんてコツやし、3年までその偏差値キープできるんなら、ワシが入った…も一つ上のD大の法学部行けるやろけど、まあ、余裕持たせてK大でもええか。その分、司法試験の対策した方が効率的やろ。尤も、ワシ受けたんもう20年以上前やから、対策の仕方も変わっとるやろから、ワシも少し勉強せなあかんけど、まあ…ええか…」 言って、藤次は真剣な眼差しで藤司を見据える。 「生半可な決意で就ける職やないで?他人の一生左右する仕事や。日付け跨ぐような残業も山とあるし、休日かてない日もある。足棒にして歩いて証拠集めたり、裁いた被告人に逆恨みされることかてある。それでも、目指すんか?」 「はい!」 「司法試験通って、司法修習生なっても、適性ない言われたら就けん。ましてや公務員は狭き門や。なれたらなれたで、初年度は転勤が付き纏い、プライベートなんてないに等しい…それでも、目指すんか?」 「はい!絶対、なって見せます!!」 その言葉に、藤次はまたも大きく息を吐き、押し入れの本棚から、何冊か本を取り出し彼に渡す。 「取り敢えず、これ全部読んで、自分なりの考察と見解纏めたレポート書いてき。枚数は何枚でもかまへん。あと、お前の家行って、ご両親に夜遅くなることに対して、説明と挨拶するさかい、都合良い日教えて。絢音も、それでええな?」 「うん…ありがとう。藤次さん…」 「ありがとうございます!!ワシ、絶対検察官、なってみせます!!」
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