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「ほんなら、行ってきます…」
「うん。行ってらっしゃい…」
センター試験2日目の朝。
今日が、2人で過ごせる最後の日。
今日の夜が終われば、この夫婦ごっこも終わる。
だから…
「じゃあ、いってきますのキス…しましょうか?」
「その前に、ワシ…僕の最後のお願い、聞いてもらえまへんか?」
「なに?」
問う彼女に、藤司はキュッと、握っていた拳を強く握り返す。
「今夜…裸…ヌードモデル…なって下さい。」
「えっ!!?」
真っ赤になる絢音に構わず、藤司は続ける。
「僕…部活美術部で、デッサンだけやけど、先生に上手いて褒められるくらい、描ける。せやから、セックスできへん代わりに、裸…描かせて下さい。どこにも晒しません。僕だけの、宝物にしたいんや…」
「けど…」
「わこてます。今すぐ返事欲しい言いまへん。ワシ帰って来るまでに、考えとって。ほんなら、キス…しよ?」
「う、うん…」
戸惑う彼女の肩を抱いて、すっかり慣れた体で口付けを交わすと、藤司は玄関を後にし、会場へと向かった。
*
「…………」
洗濯物の回る洗濯槽を眺めながら、絢音は先程の藤司の申し出に対して、どう返事をしようか思案していた。
藤次以外の男性に肌を見せる。もし、デッサンなど嘘で、無理矢理犯されたら…
「バカね…そんな子じゃないって、分かってるじゃない。」
昨夜だって、同じベッドで抱き合って寝たが、藤司は自分の寝巻きを脱がそうとする仕草は一切なかった。
18歳。性に多感な時期。好きな女性とのセックスなど、本当はしたくてたまらないはず。
なのに、そう言う気持ちに全て蓋をして、藤次を裏切りたくないと言う自分の気持ちを尊重してくれて、思い出として、よりリアルな写真ではなく、絵で良いと言っているのだ。
「…恥ずかしいって感情だけで断るなんて、失礼よね…」
ピーッと、洗濯終了のアラームが鳴ったので、絢音はキュッと、何かを心に決めたかのように唇を喰み、中身を籠に移し替え、物干し場に向かった。
*
「おおきに。」
運転手にそう告げて、藤司はバスを後にすると、後ろから誰かがついてきたので振り返ると、そこには桶本がいた。
「なんね。委員長、最寄りのバス停ここちゃうやろ。」
「相原君こそ、家…こんなとこじゃないじゃない。どこに行ってるのよ。」
「せやから、委員長には関係ないて、何遍も言っとるやん。いい加減、しつこいで?ワシ、急いどんねん。いつものお説教なら、学校でして。ほな。」
言って、その場を立ち去ろうとした時だった。
「関係あるわよ!!だってアタシ…相原君好きだもん!!」
「!?」
突然の告白に瞬き彼女を見やると、顔を真っ赤にして涙を流す桶本…沙織がいた。
「じ、冗談やろ?ワシの事、揶揄うてんか?」
「揶揄ってない!本当に、好きなの。1年の時からずっと…だから、一緒の大学だって行きたかった。でも、K大なんて、アタシには無理だから、今言わなきゃ、離れ離れになっちゃうから…だから…」
「委員長…」
肩を震わせ泣きじゃくる彼女。沙織は、絢音には劣るが美人の類に入る。他にも言い寄る男くらい沢山いたはずなのに、1年…つまり3年も、自分を一途に思っていてくれたのかと思うと、心が揺れた。
けど、今は…
だけど…
悩んだ末…藤司は口を開く。
「分かった。せやけど、その返事…少し待ってくれへんか?」
「えっ?!」
瞬く沙織に、藤司は切なげに笑う。
「全部にケリつけてから、答え出すわ。せやから、待っとって。こないどうしょうもない男に惚れてくれて、ありがとうな。」
「…うん。待ってる。私、ずっと、待ってるから…」
「ん。ほんなら、今は何も聞かんと、ワシの好きに、させてくれへんか?返事は、必ずするさかい…な?」
「うん…」
そう言って頷く沙織に別れを告げて、藤司は絢音の待つ長屋に帰って行った。
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