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ワンコ
私が初めて真上イングマル、自称「ワンコ」と顔を合わせたのは、勤務していた矯正施設の一隅にある、やたらと壁の白い聴取室であった。朝から雨のそぼ降る日で、私は濡れて裾が重くなったズボンを気にしていた。
ワンコは明るい金髪に人懐こそうな小ぶりの鼻が特徴的な、幼い印象を与える十七歳の少年だった。無邪気な様子で、鳶色の瞳をまっすぐ私に向けていた。うっすら紅潮した頬を緩めていて、どうやら機嫌がよいようだ。
外見だけでは、とても他人に暴力をふるって重体――調書にある彼の言葉を借りれば、半殺し――にするような凶悪犯には見えなかった。彼は犯行時、現場に居合わせた数名の男女にも暴力をふるい、軽傷を負わせていた。
私は面談を始めてすぐ、彼の瞳には窓からの明かりも、部屋の照明さえも映り込んでいないことに気づいた。目が合うたびに、まるで空洞を覗き込んでいるような気分になり、そこはかとない不安が胸をかき立てた。
「君は、どうしてこの部屋に呼ばれたか言えるかな」
ワンコは瞬きもせず、質問に答えた。表情に変化は見られなかった。
「分かりません」
前の日の夕食時、彼は入所している他の少年を殴り、相手の鼻の骨を折った。ケンカの原因は、相手に嘲笑されたと勘違いし、「イライラした」からだ。
彼はもう、忘れてしまったのだろうか。もしかすると、暴力行為をしたから事情を聴取される、という原因と結果のつながりが分からないのかもしれなかった。
「施設に入所させられた理由は知っているよね」
「悪いことをした……から?」
こう聞かれたらこう答えなさいと、誰かに言われたのだろうか。ワンコは小首を傾げつつ、やっと適当な言葉を探り当てたかのように返答した。
「君には治療と教育、それに社会に戻るための訓練が必要だからだよ」
「先生、ぼくはワンコだから、動物の医者じゃないと」
私がその台詞を理解するのに、多少のやりとりと時間を要した。
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