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 エクレアを食べ終わった宮本梨子と、入れ替わりに入って来た三人目の泥棒は、テレビをあまり見ない俺でさえ知っている顔だった。 「鼠田次郎?」 「そうです、はい、鼠田次郎です。やっぱり知ってるんですね」 「それは、だって!あ、」続きを言おうとして俺は口を噤んだ。いくら泥棒とはいえ、過去を掘り起こしてよい権利など俺にはない。ましてや恥ずかしい過去ならなおさらだ。 「いいですよ、言って、ハイジャック失敗して大人しく、コックピットの見学して帰ってきた奴だって」  そう、彼は数年前に一時、“ハイジャック失敗社会見学男”として世間を賑わせていた。 「そんな、あなたがなぜここに?」 「泥棒したからですよ」 「それはそうだ。で、何を盗ったんです?」 「なにも」 「え?」 「今、テレビに良く出てる、汚いお金いっぱい持ってる政治家いるでしょ?」 「そこはノーコメントで」 「……まあいいや、そいつから、お金盗んで、みんなに配ろうと思って家に忍び込んだら、すぐに捕まりましたよ。なので、本当は泥棒ではないんですよ」  初めは何を言っているのか分らなかったが、遡っていくうちに分った。彼が、“ハイジャック失敗社会見学男”から“新時代の鼠小僧次郎吉”に変った、いや、変ろうとした経緯はこうだ。 【鼠田次郎の場合: 嘘をつく、「この機を担当する機長の鼠田です」と嘘をつく →飛行機をハイジャックする →すぐにバレる →捕まる →ハイジャック犯として刑期を全うする →更生し娑婆に出る →世のため人のために何かしようと思う →たまたま、江戸時代に活躍した鼠小僧次郎吉を知る →シンパシー感じる →これになろうと思う →泥棒になる】  決して悪い奴ではないのだ。しかし、イイ奴でもなかった。  そんな彼も一人目の田城さん同様、少し満足そうにして部屋を出ていった。
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