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「太田健一、三十八歳です。本日はよろしくお願い致します」と、こちらの聞きたいことを殆ど喋り入ってきたのは、今日最後の泥棒。  彼はダイヤの指輪を盗み捕まっている。盗品の額としては、本日最も高額だ。 「僕なんかのためにお時間割いて頂き、本当にありがとうございます」 「いえいえ、こちらこそ」 「話を聞いて貰えると聞いて僕はとても嬉しかったんですよ!」そう言う彼は、何故か期待に目を輝かせている。俺は、まさかと思いつつも、念のため確認をする。 「あの、太田さん、もし勘違いされてたら申し訳ないんですが、ここは、あなたの無罪を主張する場所ではないんですよ」 「は?」  やはり、彼はここでの“取調べ”次第で刑が見直されると思っていたのだ。申し訳ないが、この部屋並びにこの俺にそんな権限があるはずもない。  一気に覇気を失った太田さんに、前の三人同様の説明をし、「太田さんが、泥棒になった理由を遡らせてください」と言った。 「嫌ですよ!!何が悲しくて、やってもいない罪の背景語らないといけないんですか!」 「そこを何とかお願いします!」 「絶対に嫌ですよ!」  そんな押し問答が続いたが、俺のこの頼みには本来何の拘束力も必要性もない。 「わかりました……では、お聞きしたいことはもう、最初に聞けているので、あとは時間になるまでこちらの部屋に居てください。何だったら、そこの本棚の本、好きなの読んで貰っても大丈夫ですから」 「……いいですよ」  二人、黙ることおよそ二分、「……結果的に泥棒になった理由でいいですか」と、太田さんが口を開いた。俺は内心ガッツポーズをしつつも、顔には出さず「ええ、もちろん」と答えた。  そこからは、怒濤のマシンガントークが始まった。今まで嫌がっていたのが嘘のように、話がどんどん、どんどん進んでいく。  なるほど、彼は喋るタイプの人見知りなのか。 「で、ですからね!刑事さん!聞いてます?貴方が話せって仰ったから、僕はこんな恥ずかしいことを洗いざらい話してるんですよ!」 「ああ、すみません、すみません、続きお願いします」  そうは言ったものの、こうも熱量と気迫に押されては、さすがの俺でも疲れてきた、しかしこれは数少ない俺の仕事。全うせねばと気合いを入れて聞き続けること数十分。 「で、最初は、まあ、サンタさんは本当にいるよなんて、言ったのがいけませんでしたね……」と無事目指していたゴールに辿り着いた。  かいつまんで言うと彼が泥棒になった、いや、なってしまった経緯はこうだ。 【太田健一の場合: 嘘をつく、「サンタさんは本当にいるよ」と嘘をつく →子ども、「お父さんなんじゃないの?」と信じない →「お父さんな訳ないじゃないか」と重ねて嘘をつく →子ども、本当は納得はしていないが納得したフリをし、適当にあしらう →その様子にムキになり怒る →子ども泣く →ハッとしてなだめる →子ども、拗ね嫌われる →名誉挽回を心に誓う →子どもの欲しいプレゼント買ってくる →夕食で「お父さんがサンタさんにしっかり連絡しておいた」と話す →子ども無視 →名誉挽回を心に誓う →深夜変装して外に出る →自宅の壁をよじ登る →隣の人に見つかる →通報される →持っていたプレゼントの中身を検められる →フクロウのぬいぐるみ出てくる →その中から盗まれダイヤの指輪と同じものが出てくる →結果的に、泥棒になる】  なんとも哀愁漂う物語だ。西日の差し込むこの時間帯に聞くのだからなおさらである。  時刻は十七時十五分、守衛が彼を迎えに来る、「なんか、ありがとうございました」と言って部屋を出て行った。 「今日も、問題なかったな」彼の小さくなった背中を二人で見送っていると、守衛が話し掛けてきた。 「ええ、四人とも面白かったですよ」そう答えた俺に、守衛は、「お前がだよ」と言って笑った。そして、「明日もしっかり自分の仕事しろよ、あと、米粒のことは誰にも言うなよ」と言って帰って行った。
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