物忘レハ 記憶盗難ノ始マリ

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 JR新宿駅の南口すぐそばのショッピングモールへ入り、入り口付近の壁に設置されたフロアガイドをチェックする。六階に書籍コーナーを見つけ、多聞はエスカレーターに乗った。フロアの一区画と言ってもさすが大都会で、そのスペースだけで地方の小さな書店などは何軒かすっぽり収まりそうな広さだ。  平日の昼間でも、ショッピングモール内は全く閑散としていない印象だった。土日となればこれがどうなってしまうのか、考えるだけで多聞は身震いする。  六階へ辿り着き、いくつかの店を通り過ぎると目的の書店はあった。入り口付近の壁には、今週の売上ランキング順に書籍が紹介されており、八位にランクインした書籍には多聞の名前が書かれている。現在ちょうどこの本を原作としたホラー映画が劇場公開されているので、その影響で書籍も売れているようだ。マスクの下で、多聞の無精髭まみれの口元がだらしなく緩む。  気を取り直して店内へ入ると、まずはひたすら興味のあるジャンルの棚を見ながらざっと歩いた。今度取材で行こうと思っていた地域の観光雑誌、話題沸騰中の都市伝説マニアの本、定期購読しているオカルト雑誌の場所に目を付けておき、奥の小説コーナーへと向かう。  目的の棚へ辿り着くと、新刊が並ぶ平積みの中から気になっていた怪奇小説を手に取った。序盤の数ページをパラパラとめくり目を通す。前情報として聞いていたよりも舞台設定や主軸が面白く、多聞はついついページをめくる手が止められなかった。  暫く時間が経ち、さすがに腕時計を確認すると、時刻は二時十分を回っていた。 (あと十分くらいは読んでいても大丈夫か?)  そう思い、立ち読みを続けていると、多聞の目が文章の途中で急停止する。 『躊躇う』 (何て読むんだっけこれ……。まぁいいか、読み飛ばせば)  その後も進んでは立ち止まり、進んでは立ち止まりを繰り返し、段々と一時停止する回数は増えいく。 『餓鬼』『爪痕』『肝試し』『狩り』『痛い』『仏』 (いやいや、僕だって一応物書きの端くれだぞ。この漢字が読めないなんて、絶対におかしい)  疲れが溜まっているのかもしれないと、一度眉間を強く摘まんで天井を仰ぎ見た。瞬きを数回繰り返し、再び文章へと向き合うが、先程読めなかった字のところまでやってくると、やはり多聞はその字を読むことが出来なかった。  悔しくて暫く読めない漢字を睨んでいると、開いていたページの漢字という漢字がモザイクがかかったようにぼやけて、一斉にモジャモジャと動き出した。  多聞は咄嗟にその本を閉じ、腕時計に目をやる。時刻は二時ニ十分を過ぎたばかりだ。
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