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恐ろしいほどの数の人が吸い込まれ、そして吐き出されるJR新宿駅の南口改札。平日の昼間でも、地方の人間にしてみればその人の多さに圧倒される。その南口から目と鼻の先のカフェで、多聞航平はカプチーノを飲み、その時を待っていた。
(まさか本物に会えるなんてなぁ……)
割と広い店内は八割以上の席が埋まっており、騒然としている。客層は若干女性が多いものの年齢はバラバラで、どの客も何の職に就いているのか、逐一職質をかけたいくらいだ。そして窓際のカウンター席には、人気怪談ライターの多聞が座っている。
マグカップを口にしながら、彼は手元の手帳に目を走らせた。そこには本日インタビューする相手への質問事項が箇条書きで書かれている。何かを思い出したようにシャープペンシルを手に取ると、更に手帳へ何事かを書き加える。
午後一時三十五分。約束の二時にはまだ時間がある。今回のインタビュー相手は早々会える相手ではないので、訊きたいことを訊きそびれないように念には念を入れ、多聞は何度もメモをチェックした。
この機会を作ったのは、多聞の友人である松原忌一のおかげだった。彼には幼い頃から霊感があり、“幽霊”や妖精・妖怪の類である“異形”を視ることが出来る。二人の出会いも、多聞の家で丑三つ時に起こる謎の騒音問題を、忌一が解決したことだった。
忌一自身は「声を聞いたり見ることは出来ても、他には何も出来ない」と言うが、過去に二年間ほど陰陽師の修行を受けており、そのおかげで“式神”という目には見えない僕のような存在を二体、使役している。
それで先日試しに多聞が、「忌一君の師匠の陰陽師にインタビューさせてもらえないかな?」とお願いしたところ、難なく本日の運びとなったのだ。
(まぁでも、今日会えるのは師匠ではないらしいけど)
忌一の話では、師匠の幸徳明水はその筋では有名らしく、年中とても忙しい身なのでとても取材に時間は割けないが、その代わりに一番弟子が応じてくれるということだった。彼らの事務所はかなり遠方にあるので、最初は多聞が出向くと申し出たが、「間を取って東京にしましょう」ということになり、新宿南口改札で待ち合わせすることになったのだ。
そんな千載一遇の機会でもなければ、多聞にとって新宿など決して訪れようとはしない場所だ。
約束の時間にあと十分という頃合いになって、カウンターテーブルに置いていたスマホの液晶画面が光る。見れば先方から「諸事情により、三十分ほど遅れそうです」とメッセージが届いていた。
このままここで時間を潰しても良かったが、気になっていた新刊が本日発売だったのを思い出し、多聞はカフェを後にするのだった。
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