泥棒小噺

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 出たのは白髪で腰の曲がった、痩せた婆さんだった。ケンジの証言通りだ。  玄関には男物の革靴と女物のパンプスが1足ずつ。木製の立派な靴箱の上に、消臭剤、鈴付きの鍵が乗った小皿、ボールペン数本と印鑑ケースが刺さったペン立て。オマケに軒下や周辺に防犯カメラもなし。警戒心ゼロだな、こりゃ。 「おまわりさん、ご苦労様です。今日は何か?」  笑いそうになるのをぐっと堪え、婆さんに目を戻す。 「先程、近隣の方から通報がありまして。板住さん宅の前で不審者を見たと」 「まあ。裏のお宅で?いやだわ、物騒ねぇ」  婆さんは重い扉を勝手に閉じないところまで開き切って、薄手の羽織り越しに肉のない腕を擦った。  空き巣を働いた板住という豪邸の敷地は広く、家屋の横は池や林のある庭に占められていて、双眼鏡でも使わない限り隣家から家の様子を伺うことは難しい。  その中で唯一、板住邸を覗けるのが真裏に位置する、この青い屋根をした差島の家だ。  庭の生け垣で1階は目隠しされているが、2階のベランダからなら板住邸の裏手を覗き込めるだろう。  昔、山の下から頂上が見えれば、頂上からもその場所を見ることができると、園のジジイが自慢げに話していた。その理論がボケた妄言でなく事実なら、勝手口を出たケンジから見えた婆さんもまた、ケンジを目撃できたことになる。  勝手口とベランダは直線距離で、ざっと10メートル。見た目の特徴くらいは確認できる距離だ。
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