野郎ままごと【応募用】

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(1)  一面ガラス張りの近代的な建物が、温かいオレンジの光を身にまとっている。真っ赤な絨毯が映えるエントランスに横付けし、その日最後となる客を降ろした。  この道十年、しがないタクシードライバー。本日をもって仕事を引退し、明日からは田舎に帰ってひっそりと暮らしていく予定だ。あとはまっすぐ帰れば終わりだが、制服を脱ぐまでがタクシードライバー。最後まで安全運転を心掛けたい。俺はさっそく、表示板の文字を『回送』に切り替えようとした。 「おい、そこのタクシー!」  しかし、『回送』の文字が出るより早く、若い男が助手席に乗り込んできた。赤地の派手なTシャツにパンチパーマ。夜なのにサングラスをかけていて、右頬には大きな傷がついている。 「今すぐあの赤い車を追いかけろ!」  正面を向くと、真っ赤なスポーツカーがけたたましいエンジン音を響かせながら、建物の敷地から出ようとするところだった。少し見ただけなのに、すでに事件の香りがする。だがしかし、俺はただのタクシードライバーであって、しかも本日の仕事というのはすべて終了している。 「お客さん、すみませんが……」  すぐさま事情を説明し断ろうとしたが、男の右手に光るものを見つけて、俺は言葉を失った。男が所持していたのはなんと拳銃で、その銃口はこちらに向いている。 「追って! 早く!」  拳銃を持った男は、興奮気味に俺を煽る。詳しい事情は分からないが、従う以外の選択肢がない。俺は言われるがままタクシーを発進させ、前の赤い車を追いかけた。
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