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「……篠塚さん」
「隣、失礼しますね」
僕は最初幻覚かと疑ったけど、涙をハンカチで拭いてくれたから、疑うのを諦めた。暖かくてまた涙が出そうだったけど。
「その、どうしてここに……?」
「私は樹くんに、どうしても伝えなければならないことがあります」
神妙めいた表情で僕に話しかける篠塚さんは、やっぱり耳が赤くて可愛いな、と思った。思っただけだから勿論声には出さなかったけど。
「私は、私は……最初樹くんが私の計画を手伝うって言った時、胡散臭すぎて家に帰って冷静になって頭狂ってると思いました!」
「なるほどなるほど……って、え!?」
「あと委員長とツーショットを撮った時、ちょっと嫉妬しました!それと、体育祭で私を見つけてくれた時、なんで分かったのって結構引きました!それと、それと……」
「待ってやめて心が死ぬから」
篠塚さんの本音らしき言葉は大体が僕への悪口で心がガリガリと削れる音がした。でも何か、嬉しいことを言ってくれたような……
「今の私は本音製造マシーンなので、止められませんよ!あ、文化祭の日に私が休んだ時に渡すのがチョコバナナってもっとマシなのあるでしょと思いました!しかも受験期間は全く思い出を作れなかったし、最悪でした!」
「そんな夏休みの1行日記みたいに悪口を言われても……」
このままだと篠塚さんが僕のいる電車にわざわざ来た理由が『悪口を言いたかったから』になってしまう。きっと何か真意があると思い、疑問を口にする。
「その、悪口はもう十分過ぎる程受け取ったから、話題を変えよう。どうして僕に会いに来たの?」
「え?悪口を言いたかったからですけど……」
結論。悪口を言いたかったから。
本当にそんな理由で来たのかと思ったけど顔が真剣なので、ガチなのだろう。
……なんか傷つく。
「あ、あと好きですよ、樹くんのこと」
「……え?」
「聞こえませんでしたか?アイラブユーってやつです」
「いや、何かの冗談でしょ、そんな、え?」
「樹くんは?」
「ぼ、僕?」
「樹くんは私のこと、どう思ってますか?」
「あの、その、えっと……」
「早く言わないと、殴りますよ」
「いやそんな、えっ、…………デス」
「なんて言いました?」
「……好きです」
「じゃあカップル成立ですね。おめでとうございます」
電車の揺れる音と、周りの喧騒がやっと耳に入ってきた。夢みたいだと思って頬を抓るけどちゃんと痛くて、ちゃんと嬉しかった。
「初めからこうしとけば良かったです。自転車いつもより早く漕ぎすぎて足が痛いです」
「……僕で、良いのかな?考え直した方が」
「これ以上異論を挟むなら、委員長とのツーショットを誇張抜きで1000枚印刷して駅のホームでばら撒きます」
とんでもない脅しを受けて、僕は閉口した。篠塚さんは笑っている。僕も何だかウジウジと悩んでいたのが馬鹿らしくなって、笑ってしまった。
「樹くんに問題です。青春らしいこと第1位なことは何でしょうか?」
「え、勉強会?」
「正解は、これです」
篠塚さんが僕の手を握った。
「こうやって温もりを感じることです。決してキスではないですよ。ええ違いますよ」
「う、うん。勿論そうだよね!まさかキスなんてそんな大それたことなんて……」
なんか、手が、熱い━━━━━━━━━━
「まあ物は試しと言いますし?1回くらいなら、四捨五入したら0なので……」
「……篠塚さんは、やっぱり悪い人だ」
そんな免罪符を抱えて、僕達はずる賢く唇を重ねた。周りには人が沢山いるし、ムードとか素敵な景色も無い。でもそれでいい。
青春嫌いな僕達は、多分世界で1番幸せな時間を過ごしているのだから、文句なんてつけようも無いのだ。
「……1つ頼み事、していいですか?」
「頼み事?」
「……もし時間があったら、プリクラ撮りに行きませんか?それも、ブレブレの写真を」
きっと僕達は今から世界で1番何が何だか分からない写真を撮りに行くのだろう。
そしてこれは予感だけど、その写真は忘れたくても忘れられない、最高の1枚になると思う。
篠塚さんはカメラを擦って、幸せそうにいつまでも笑っていた。涙も、自然と出てきた。
青春は確かに、僕達の胸にあった。
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