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7 青春の始まり
「行ってきます」
家には誰もいないけど、僕は今までの感謝を込めて1礼をする。空は綺麗な曇天だ。雨が降らないだけマシかもしれない。
「S駅までお願いします」
タクシーに荷物を詰め込み、出発する。この景色も今日で見れなくと思うと、ってこんなことを学校でも思った気がする。執着が過ぎると離れ難くなるのはもう分かっているから、深く考え込まない様にした。
「お客さん、卒業生かい?」
「はい。今日で高校卒業生になりました」
「そうかい、良かったね」
駅は自宅から5分くらいの立地にあり、最初は歩こうかと考えたが、荷物が思ったより多くなって、歩きで行くのは断念した。
「電車あと5分で出るねえ」
「別に急がなくてもいいですよ」
「でも、駅で時間潰させるのも酷だろう?大丈夫、おじさん秘密の通り道知ってるんだ」
そう言うと、タクシーは左、右へと曲がる回数が増えた。余計に回り道になってないか心配だったけど、その杞憂は目の前に現れた駅の前に霧散した。
「頑張りなよ」
「はい!ありがとうございました」
タクシーにも一礼して、切符を買いに売り場へ向かう。運良く人の列はなくてすんなりと切符を買えた。
予定より1本早い電車だが、早めに着くに越したことは無いと電車に乗り込む。
中は切符売り場とは違って人でごった返している。僕は取り敢えず空席に座って、電車の発着を待つ。人の喧騒が耳に入ってきて少し面白い。
電車が稼働するまでに少し時間があったから、僕はリュックサックからアルバムの写真を取り出して、写真を眺める。
同級生に頼まれた写真が3枚。
運動会の写真が5枚。
文化祭の写真が3枚。
クラスの日常写真が4枚。
後は学校の風景や花壇の写真で丁度20枚。
1枚1枚に胸が締め付けられた。
クラスの集合写真。ピースサインに隠れて少しぼやけている篠塚さんがいる。
その1枚で胸が、痛くなった。
「僕も、青春嫌いになれたよ」
本当は好きだけど、この気持ちも紛れも無い本心だった。僕は青春が大好きで大嫌いだった。本当はどっちでも無かったのに、こんな気持ちにさせてくるのは、本当に馬鹿な理由だから、言葉にしたくなかった。
電車がアナウンスに従って動き出す。
景色が後ろ向きに動き出す。
僕はアルバムを閉じて、前を向く。
僕は本当に幸せだったから、もう文句は無い。後悔など無い。失う物も無い。
さようなら、青春。
僕は微睡みを抱えたまま、瞳を閉じた。
パシャ。カメラの音がした。
「……なんで」
その音のせいで涙で視界がぼやけ出す。折角我慢したのに、これじゃまるで意味が無い。でも最初に出てきたのは怒りじゃ無くて、しあわせだった。
「また会えましたね、樹くん」
カメラを向ける篠塚さんが、確かにそこにいた。
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