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想い
診療は終始和やかに進み、「次回は四週間後に来てください」と言われ、診察室を出た。
会計をし、病院にいた晴人の父親に挨拶と妊娠の報告をすると、晴人の父親も瑞稀の妊娠を晴人と同じぐらい喜んでくれた。
帰り際に「困ったことがなくても頼って欲しい。千景くんの送り迎えだって任せてくれ」と言いながら胸を叩いた時には、瑞稀はもう吹き出さずにはいられなかった。
病院の隣りにある専用の駐車場に停めてある車の助手席に、瑞稀は乗り込む。
千景をチャイルドシートに乗せて、晴人は車を発進させた。
ハンドルを握る晴人の左手薬指には、瑞稀とお揃いの指輪が光る。
五年前、晴人が瑞稀にプロポーズした時贈った、あの指輪。
瑞稀は指輪を見つめながら、車を運転する晴人の横顔を見ていると、七ヶ月前のあの凍えるように寒い雪の日のことかが、ふと頭に浮かんだ。
粉雪を見ると、思い出すでしょう。
貴方の前から姿を消し5年の月日が流れた後、貴方と二度目の再会をした日のことを。
あの日も貴方と初めて会った時と同じように、粉雪が風に舞っていましたね。
凍えるような寒い冬が過ぎ、暖かな風が吹き始め春が訪れると、思い出すでしょう。
貴方と愛を確かめ合い、貴方のそばで生きていこうと決めたことを。
花びらが舞い散る若い桜の木の下で、ともに生きていこうと誓い合いましたね。
浴衣姿で夏祭りに向かう人達を見ると、思い出すでしょう。
お祭りの帰り道、千景が「僕、お兄ちゃんになるんだね」と言ったことを。
病院で僕のお腹に新しい命が宿ったと聞いた時、誰よりも一番喜んでくれたのは貴方でした。
そして残暑残る中、空を見上げ鱗雲を見つけると、思い出すのでしょうか?
みんなで新しい命が無事に生まれてきてくれることを、楽しみにしていることを。
夏を惜しむように鳴く蝉の声を、今度は一人でなく四人で聞くんでしょうね。
そしてまた冬が来て粉雪を見ると、思い出す。
貴方と千景と新しい家族との四人の思い出を。
貴方と出逢い、貴方だけを愛し、貴方と千景を愛し、小さな命を愛し、僕は大切な家族を愛していくのでしょう。
こらからどんな季節が訪れて、どんな風景をみせてくれるのでしょうか。
確かなことはただ一つ。
もう二度と色のない世界が訪れることはない。
鮮やかに輝く生活に、毎日新しいページが増えていく。
晴人さん。
初めて会った時のことを覚えていますか?
粉雪が降る中、冷たくなった僕の手を両手で包み込み、温めてくれたことを。
あれから20年。
長いようで早かった20年。
今度は僕が貴方を温めていきます。
ありきたりですが、
健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、貴方を愛し、敬い、慰め、助け、この命ある限り、感謝の気持ちを忘れずに、真心を尽くすことを誓います。
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