来い、夏

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「ちょっと歩こうよ」 ベンチから立ち上がり、ぐっと空に向かって大きく伸びをする。 学校からの帰り道にある公園のベンチにて、この重大な話は始まっていた。 俺の気持ちはすべて置いてけぼり。 いろいろと言いたいことはあるはずなのに、何も言葉が出てこない。 「……うん」 小さく頷いて、俺も立ち上がる。 どの道も夏奈と歩いた。いつも隣には夏奈がいた。 360度どこを見ても、すべてに夏奈との思い出が詰まっている。 今いるこの公園は、夏奈が家出をした時に逃げていた場所。滑り台の上が定位置だった。三角座りをして、膝に顔を埋めている姿が今でも鮮明に思い出せる。 いや、今でも鮮明に、というよりは三か月前も同じ光景を見た。だから、高校生になった今でも、小学生の頃から変わらず家出をする。そして、この場所に来る。変わらない夏奈の姿だ。 公園を出て右に曲がれば、小学生の頃に夏奈と野良猫を追いかけた裏路地に繋がる。 ちなみに左に曲がれば、夏奈がつまずいて派手に転んだ歩道のちょっとしたくぼみがある。 「日向に出たら暑いね。日陰は涼しいのに」 両手でパタパタと自分の顔を扇ぐ夏奈の横顔を見つめる。 変わらない表情。 変わらない態度。 変わらない癖。 すべて、いつも通りに見える。 ジリジリと痛いくらいに強く照らす太陽。 自分の存在を知らせるように大きく鳴き続けるミンミンゼミ。 額ににじむ汗も、肌に貼り付くシャツも。 すべてが、俺の気持ちを意味もなく刺激する。 「喉乾いたよね。コンビニ寄っていい?」 「……ん」 「ありがとう。じゃあ、行こう」 暑いのに、手を握って引っ張られた。 夏奈は強引だ。なんでも突発的に行動しがち。 俺の手を握ることに、少しの迷いも戸惑いもない。 そんな夏奈に、俺はいつもドキマギしてしまう。
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