来い、夏

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「走る必要なかったでしょ」 「暑かったんだもん。仕方ないじゃん」 俺の顔の覗き込んでいたずらな笑顔を向ける。走ったせいで余計に汗をかいた。夏奈の突拍子もない行動には慣れたけど慣れない。 自動ドアが開いた瞬間に届いた冷気に、夏奈はとろんと溶けたような顔になった。 気が抜けた表情。夏奈はおもしろい。表情がコロコロ変わるから、見ているだけで楽しい。どれだけ見ても飽きない。 だから俺は、夏奈のことをずっと見てきた。 見てきたんだ……。 「買ったよ~」 「あ、俺も」 「日和(ひより)の分も買ったよ。水でいいでしょ?」 「あ、うん。お金」 「ふっ、いらないに決まってるじゃん。おもしろ~い」 クスクスと笑う夏奈だけど、何もおもしろくない。 幼なじみの女の子に奢ってもらうとか、さすがにダサすぎる。 夏奈の横顔を見ているうちに、夏奈は商品を選んで会計を済ませていた。声をかけられるまで、そのことに気づけなかった。 ダサい。ダサすぎる。救いようのないダサさ。今すぐこの場から逃げ出したい。それくらい、恥ずかしく思う。 けど、恥ずかしがっていることを気づかれたらもっと恥ずかしいから、平静を装って俺がいつも飲んでる水のペットボトルを受け取った。 「ありがとう」 「どういたしまして!」 この夏の太陽に負けないくらいの笑顔。むしろ勝ってる。夏奈は本当に夏みたいな人だ。 名前にも夏がついているけどそうじゃなくて、カラッとした爽やかな明るさと眩しさがある。 どこにいても夏奈は中心で、みんなの主人公という感じだ。 もちろん、俺にとっても。 外に出ると、またジリジリと痛いくらいの強い日差し。 ペットボトルのキャップを開け、水をいっきに流し込んで喉を潤した。 「これもあるよ。はんぶんこしよ」 ビニール袋から出したのはアイス。ふたりで分け合えるようになっている、かわいい名前のあの有名なやつ。もちろんチョココーヒー味。なんだかんだ、チョココーヒー味が安定だと思う。新しい味が登場するたびにふたりで買って、ふたりではんぶんこにした。どれもおいしいけど、やっぱりここに戻ってくる。 そんな話だって、もう何回もした。何度も繰り返した。これも、夏奈との他愛ない思い出のひとつ。アイスひとつにも、当たり前のように思い出が詰まっている。 「どうぞ」 「ありがとう」 「どういたしまして!」 数秒前と同じやりとり。 こんな時でも、夏奈は変わらない。 やっぱり変わらない。
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