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「さてと、スーパーにいって、クリーニングを出さなきゃ」
私は、エコバッグと紙袋に涼平のスーツを入れて、薄手のコートを羽織ると、玄関扉の鍵を閉め、私は、エレベーターへと向かう。
私達は、都内にある、有名な大手不動産が手がけた、小規模分譲マンションに暮らしている。
エレベーターが、1階にたどり着き、扉が開くと、目の前に、明るいブラウンのショートカットの女性が、私を見るなり、頭を下げて見せた。
「あ、亜紀さん。いつも、加納先生には、お世話になっております」
ブランド物のバッグとスーパーの買い物袋を右肘にぶら下げて、耳元からは、ダイヤのピアスが光る。
「こちらこそ、いつも主人がお世話になっております。日向子さんは、夜勤明けかしら?」
「えぇ、夜勤明けで今から、シャワーを浴びて仮眠をとろうかと」
わざとらしく、左手で、頬に僅かにかかる髪を耳にかければ、薬指に、以前、涼平の机の引き出しを開けたときに見つけた指輪と、全く同じモノが嵌められている。
「でもお仕事明けに、きちんとお料理なさるなんて、凄いわ」
私は、視線だけ、日向子の買い物袋に目を向けた。開いている買い物袋の隙間から、玉ねぎ、じゃがいも、カボチャが見える。
「私、亜紀さんみたいに、大したモノ作れないんで、カボチャのグラタンを作ろうかと」
一瞬、涼平のスーツの入った紙袋を持つ掌に、グッと力が入った。
「あら、美味しそう。私も作ろうかしら、涼平さんの大好物だから」
「そんなんですね。隠し味に少しだけ生クリーム入れると、より美味しくなりますよ」
「耳より情報有難う、じゃあまた」
そつなく、微笑む、若く美しい日向子に笑顔を返すと、私は、颯爽とエントランスから外に飛び出した。
彼女の横を通り過ぎるとき、シャルルの香水の匂いが鼻をかすめて、吐き気がする。
手に握りしめている、紙袋からも、同じ匂いがらするからだ。
頭に血が逆流していく。
ーーーー涼平は、私と離婚はしない。私の持っている、銀行頭取の娘の肩書きだけが、涼平が私を家に閉じ込めて、手放さない、たった一つの理由だ。
鬱々とした現実に、心底ウンザリする。愛情も安らぎも何一つない、ただ餌だけ与えられる籠の中から、逃げ出すように、私は、灰色の空を睨みながら、思い切り息を吸った。
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