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ガチャリと、いつもより随分と早く、玄関扉が開かれる。私は、慌てて玄関扉に向かった。
「涼平さん、早かったのね、驚いちゃったわ」
涼平の顔が、いつもと違って、少し引き攣っている。
「どうかしたの?」
「亜紀、話があるんだ」
真面目な顔をして、スーツのジャケットを羽織ったまま、涼平は、ダイニングチェアに腰掛けた。私も黙って、目の前に座る。
「すまない……亜紀……離婚してくれないか?」
「え?」
思わず、飛び出した一文字は、心からの驚きの声だった。
涼平は、ネクタイを雑に緩めると、下唇を湿らせた。
「実は、亜紀に内緒で……看護師の三井日向子と不倫してたんだ……」
(知ってるわよ、そんな事)
「そんな……嘘」
「それで……妊娠、したんだ……日向子が……」
私は、気付けば口元を手で覆っていた。
ーーーー驚きではない、可笑しくて。
「日向子は、亜紀と離婚してくれと。そして、僕の子を産んで、僕と一緒になりたいと言ってるんだ」
本当に、勉強しかできない馬鹿な男だ。自分の体質を忘れたのだろうか。
日向子の部屋は、うちの一つ下の階でバルコニーから見て、斜め左下に位置している。そして、灰皿の代わりに空き缶が、バルコニーの隅に隠すように置いてあるのだ。
涼平は、煙草を吸わない。平日、洗濯物を干しながら何気なく覗いてみれば、ガラの悪い若い男が、日向子の部屋のバルコニーで、煙草を蒸していたことも一度や二度ではない。
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