麗しき青い鳥

5/14
36人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
「あ、そうだ。亜紀、今日は午後から、難しいオペが入ってるんだ」 名は、(たい)を表すというが、本当にその通りだと思う。涼平は、その名の通り、しい顔をして、今日も気で嘘を()く。 私は、心の中を表情には、決して出さずに、神妙な顔で涼平を覗き込む。 「そうなの、それは大変ね。夕ご飯は、どうされるの?」 私は、妻として、さも夫の健康と体調を気遣うフリをしながら、涼平のスーツについた僅かな埃をブラシでさっと払う。 「料亭から弁当を届けて貰って、皆で医局で食べるから大丈夫だよ。ありがとう」 「そう、お医者様も身体が資本だもの。大切にしてね」 私は、涼平の好む長い黒髪に、体のラインがよく分かる、細身の淡いブルーのワンピースを揺らしながら、玄関先で、朝、磨いておいた革靴をシューズクローゼットから取り出した。 涼平は、そんな私の後ろ姿を眺めながら、するりと、後ろから抱き締める。 「亜紀、愛してるよ」 そう言って、いつも抱きしめてキスだけをする。35歳をすぎた頃から、肌艶共に衰え始めてきた、私を、涼平は、抱かなくなった。 男は、いつだって、若く、美しく、瑞々しい女を抱きたいのだ。 私の1番若く、美しく、瑞々しい時を貪り、愉しんだ後は、妻という肩書きを持つだけの、ただのお人形だ。 「亜紀は、本当にいつも綺麗で、自慢の妻だよ」 「涼平さん、恥ずかしい」 「ふふっ……亜紀は、そういう可愛らしいとこも素敵だよ」 そうして、涼平は、私を向き直らせると、キスをする。 偽りの愛情を纏った、嘘で固められた笑顔と共に。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!