君の手に剃刀が

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君と出会ったのは、あの理髪店。 引っ越して来たばかりで右も左もわからず、初めて入った理髪店だった。 華奢(きゃしゃ)な青年が、優しい笑顔でぼくを迎えてくれた。 そして幸運にもその美青年、つまり君が、ぼくの担当になった。 ぼくの癖毛・・・理容師泣かせのひどい癖っ毛を、君は「天使のような巻き毛」だと言ってくれた。 照れくさかったけれど、嬉しかったよ。 そして、耳の後ろに毛先がほんの少しクルッと見えるくらいが素敵だ、と言って丁寧にカットしてくれた。 でも、髪が伸びすぎたら、だらしなく見える。 それからぼくは、毎月必ず君のいる理髪店に通うようになった。 君はいつでも、仕事に真剣だった。 髭に剃刀をあてている時、必ず君は息を止めた。 剃刀の刃が肌を離れるたびに、君の吐く息を感じたよ。 そして、君はいつもを語ってくれた。 いつか独立して、自分の店を持ちたいって。 鏡の中の君の目は、とても輝いていた。
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