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序
八咫烏とは、日本の歴史を裏で操作する陰陽師の集団である。天皇と切っても切れぬ結びつきがあり、天皇が表ならば、八咫烏は裏である。
古事記、日本書紀の時代から八咫烏は天皇の影としてその謎めいた霊力を発揮し、国を作り続けてきたのだった。
八咫烏の長は金烏である。
文政7年、時の金烏は既に高齢であり、体の衰えに拍車がかかっていた。
日々床に伏し、目を開かぬことが多いというのに、新たな継承者が誕生する予兆を感じた瞬間に離床し、何週間ぶりかに身を清めたのだった。
師走の京都である。その日は朝から粉雪が散り、木枯らしが吹く度に庭木に落ちた白いものが鳥の羽のように舞い上がる有様だった。
見るだけでも寒い風景は金烏の老体に触るだろうから、寝室の障子は常に閉ざされていた。
しかしその凍てつく満月の夜ばかりは、あかずの障子がするすると開き、病身で立つ力もあやしいはずの金烏が、陰陽師の衣類に身を包み、凛と歩み出たのだった。
夜の庭では既に大烏の三人が控えており、金烏を待っていた。
館はしんと静まり返り、ただ金烏の立てる微かな衣擦れの音のみが耳についた。
「もうじきにございまする」
大烏の一人、荒木が重々しく告げた。
「女の子でありましょう」
大烏の二番目、小串が静かに言った。
「健やかなれば十二烏を継承する者でございますれば、我ら三人、御屋形様をお送りいたしましょう」
大烏の三番目、白井が滔々と歌うように申し出た。
老体の金烏は頷いて、白髪の下にある目を見開いた。眩しい月に照らされて、その白く濁る眼球が、一瞬黄金に輝いた。
三人の大烏は同時に印を結び、真言を唱え始める。
金烏は大きく両腕を広げ、広大な宇宙から霊力を一身に集める支度をした。
たちまち庭に不思議な風が吹き、その一瞬後、金烏の姿も、三人の大烏の姿も、館から消えていたのである。
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